Affichage des articles dont le libellé est 健康. Afficher tous les articles
Affichage des articles dont le libellé est 健康. Afficher tous les articles

2025-02-26

ジョギング

ここ数日天気が悪く、青い空を見ていませんでした。
ところが今朝めちゃくちゃ晴れていたのでジョルジュが朝起きて早々「ちょっと走ってくるけど、まきこも来る?」というではありませんか。 
えええ(いやだー)

でも、物は試し。しばらく走ってないし こんなに天気がいいのだから騙されたと思って走ってみるか。トゥーロンに住んで1年、近所を走ったこともないし良い機会かも。

ランニングシューズも、秋にシャモニーで買ったものがあるし、よっしゃ行くぜ!

出だしからジョルジュのペースについていけない。笑
でも海までなんとか一緒にたどり着いた。坂の高低が辛いぞ!
ジョルジュが海の端っこまで行って帰る間に私は5分ほど休憩。海やっぱ良いなーー
ジョルジュが偉くトゥーロンの気候に感動していて、いつもより長く走りたそうだったので、私はそのまま家まで走って帰り、ジョルジュは遠回りして別々に帰宅。

結局私は3〜4km走った。
なんとも言えない爽快感。
その時点でまだ朝の9時だし、天気はいいし、気分は最高でした。

もっとストレッチ入念にしてまた挑もう。

もうすぐ38歳になるこの体と
少しでも良い状態付き合って行きたい。

2025-01-22

ゾクゾク?

制作にどっぷり
久しぶりのお弁当復活。
北東から帰ってきて翌日の夜、なんかちょっと寒気がする、でもいつも自分元気だし大丈夫でしょーと思って就寝。
日曜の朝。プールに行く気満々だったのだが、なんだか体中がちょっと痛いしダルい。どうしても進めなければいけない作業があり、アトリエに仕事へ。午後は流石に家に帰って休んだ。4時間ぶっ通しで昼寝をし、20時半くらいにこの日はお母さんからもらった葛根湯を飲んで就寝。よほど休養が必要だった様子。(珍しい)

月曜の朝、起きると喉が痛い!肩や背中が筋肉痛みたいに痛い!これって、インフルエンザというやつなのでは。。。いやあああああ そうだとしたらおよそ10年ぶりだけど、前回のに比べたら非常に軽度。起きれないほどではないので一応頑張ることにして、また午前中だけ作業をして午後は家に帰って休養。

火曜、起きると体中の痛みが和らいでいる。が、完全ではないので用心。オフィスで人と会うときはマスク着用しました。

そして今日。頭の痛みも身体中の痛みもほぼ消えたけど喉があまりに痛すぎる。寝ている最中それで目が覚めたくらい。何かを飲み込むときに刺さるような痛みが喉全体を襲う。。。喉っていうか、舌と喉の間くらいというべきか。。。
困り果てて薬局に行き、喉スプレーと抗炎症作用が期待できるイブプロフェンを勧められて購入。おそらくこのイブプロフェンが凄まじく効いて、少しずつ痛みが和らぎました。まだやっぱり痛いけど、とりあえずちょっと改善しました。
世界中インフルエンザ流行りまくってるので気をつけていたつもりだけど、やっぱりちょっとやられた。
軽度で良かった、今病気になったらまじで困る!やらなきゃいけない仕事がめちゃくちゃ残っているから、もう数ヶ月ちょっと頑張ってくれ私の体!
(これだけ症状が軽度だったのは、普段から泳いでたりするからかな?だとしたらやっぱりプール通い続けよう)

2024-11-25

デトックス

オープニングパーティ前日の朝
起きると背中の上の方(首下)がめちゃくちゃ痛い。痛すぎて何をするにも気になる。ナンジャコリャーー
寝違いかと思って、色々調べて改善ストレッチを行うも全然治らない。どうしようもないので、急いでDoctolib(医療予約サイト)でオステオパシー施術者の予約を調べる。この日も色々やることがあるので、痛いままだったら全然仕事にならない。

良さそうな先生を見つけて、いざ予約!
50代くらいの、ガッチリして強そうな男性。写真で見て「なんか頼れそう」と思って決めた。
朝8時45分からの予約がちょうど空いている。急げ!それ以外の予約は全部埋まっているので、きっと腕がいいのであろう

雪がまだ残っていてめちゃくちゃ寒い中、たどり着いた。
先生に痛みを訴え、早速施術開始。
「君はラッキーな人だ。雪が残っていたから、カーン郊外に住む患者さんが予約を今朝キャンセルしたんだよ」

雑談しながら腸の動きをチェックされ、数分経った後 先生が一言「あご…」と言った。そしてビニール袋の手袋をはめて私の口の中に手を入れ、奥歯のさらに奥を押し始めた。それが、マジで手加減なし。

いいいいイィいいいいいいいいたいいいいいいいい

痛さで涙が出た。

めちゃくちゃ痛いのに、反対側も押すじゃん!その後施術はいろんなところに続くが、とにかく痛いし耐えられないので「あの…めちゃくちゃ痛いです」と言うも「そうだろうねぇ」と返事が返ってくるだけ。


先生「あなた、夜寝る前とか色々考え込んでいるでしょう。顎から肩にかけてものすごく緊張している。ちょっと抱え込みすぎているね。書くなり話すなりしないといけないよ。全部を溜め込みすぎると絶対にこうして体に出てくるから。感情という感情が溜まりに溜まっている」

(思い当たる節あり)


その後そこら中をボキリと鳴らしたり鳴らさなかったり、だんだん脱力していく私。骨が抜けたみたいに無力感に苛まれる。最後、首下あたり(今回の来訪の原因)をゴキゴキゴキ!!!と鳴らし「ここだったねー」と笑顔で言われ、終了。



まだ痛みは残るものの「これで大丈夫。まだ痛みはあっても明日か明後日には取れると思う」と言われ、さよならしました。
フラフラになりながらやっと展示会場のアートテックに戻ってきた。
テラス
マラソン走った後みたいにぐったり疲れていた私だったが、スタッフの皆さんと温かいコーヒー&ヴィエノワズリーをいただいてホッとする。
午前中はスタッフの皆さんと展示の概要を話し合い、午後はプレスリリースというか取材で、新聞記者さんと話。あとはリゾグラフィー100枚にサインとか、色々仕事があった


アートテック近くにあるアラブ系のお店。調味料とかオリーブとかたっくさん!宝石箱みたいなお店で、店員さんもめちゃくちゃ優しい!


なかなかタフな1日を終え、帰宅。
夜ジョルジュといつも通り話をしていると、色々辛いこととかが自然と口から出てきた。彼に対して不満は一つもなく(遠距離はお互い辛いけどそれは置いといて)、仕事のこととか人間関係のこととかでちょっとつっかえていたことがドバドバと出てきた。
それは朝の施術のおかげなのかジョルジュの優しさがそうさせたのかは分からないが、とても不思議な感覚だった。ジョルジュは私の話を聞いて
「牧子は本当にすごいよ、異国の地でこんなにも制作を盛んにこなして、自立して、あんな遠くから一人で車を運転してきて、、」と一つ一つ私の行いを丁寧に褒めてくれた。それを聞いて嬉しくって嬉しくって泣いてしまった。ありがとうジョルジュ。。。(いきなり泣き始めて驚いたとは思うが)
あらためて彼は素晴らしい人だなと思った。

心も体もデトックスが出来た、とても不思議な1日だった。

2024-05-05

マッサージ

プレゼントされたマッサージを受けに行きました!
 
Ayurvéda Nantes
友人らからのプレゼントなので絶対に素晴らしい施術だろうと、ウキウキで行った。案の定、素晴らしかった。。。Ihsaneという施術をしてくれる女性がとてもキラキラしていて笑顔が素敵な人だなぁと思った。安心感を与えてくれる人であった。
 
「西洋の人はpuissantパワフルな(「Fort強力な」ではない)マッサージは苦手な傾向にあるけど、あなたは大丈夫?」
 
と聞かれた。
マッサージ自体、された経験が全然ないので「あなたに任せます」と言った。 
 
暖められたオイルを体に塗りたくって施術していく。時々「うっ」となるほど痛いのだけど、ギリギリ耐えられる程度。ただ背中から腰のところで、ちょっとこれはキツイ、と思ったところがあったけどなんとか乗り越えた。石のような塊がゴロンゴロンと動くのを感じた。私の作品がとても好きだということもあり、色々オプションをつけてくれた。本当にありがとう。。
 
あとで聞くとやっぱり背中から腰がめちゃくちゃ凝っているそう。地面画のせいだと思うけど、そもそも普段から絵を描くからしょうがないか。
 
本当に最高に気持ちよくて、最後の方は眠たくなって半分寝ていた。
不思議な感覚でした、旅をしているような。
全てが終わって時間を見ると、1時間半も経っていた(1時間くらいかと思ってた)。終わった後彼女と少しお話をしたが、お互いtuで話す(タメ口)と決めたのに、彼女に対するリスペクトから、ついついvous(敬語)になってしまう。二人してそうだったから、爆笑した。
 
でも最後はビズ(頬にキス)をしてバイバイした。また早く戻ってきたいなーーー



 
こちら関係ないけどミネット。かわいい

制作のために、大きな紙が必要で。画材屋さんには良いのが売ってなくて悩んでたら、E2がナント版画工房博物館に行けばあるのでは?と言うので、それや!と思って行って来た。
するとみんな「地面画見たよ〜!!!」と言って話しかけて来てくれた。嬉しいね!ここのスタッフのみんなも仕事しているアーティストの人たちも、あたたかいのよこれが。嬉しい
今や!と思って、フィリップと写真を撮らせてもらった。
 
先日友人らと話をしていて、理想の男性像を聞かれた。それでフィリップみたいな人を見つけたい!と自分で気づいたのだ。9月に定年退職してしまう彼は、このナント版画工房博物館の長で、おそらく40年くらいここで仕事をこなしている。もうめちゃくちゃかっこいい、清潔な見た目もそうだけど特に中身がかっこいい。もちろん年の差がすごいし彼は家庭をもっているので、もちろん恋愛対象外なのだけど。笑
 
とにかく人との関わり方がシンプルで、誰も傷つけないし優しい、リスペクトがある。仕事ができて真面目、そしてなにより1番重要なのが、「感動」を分かち合える人だ。私がここで制作をした期間はとても短いけど、ものすごく素晴らしい期間だった。
今まで理想の男性像を聞かれてもうまく答えられなかったんだけど、今は「フィリップみたいな人」と答えられる笑 もちろんそんなこと本人の前では言わなかったけど。
 
ちなみに紙買えました〜ありがとう

2024-04-01

色々あったオープニング

MASC - musée des Sables d'Olonne(レ・サーブル・ドローヌ現代美術館)の私の屋根裏部屋のインスタレーションは開館時間が短いです。(展示自体は1年ほどなのに)

美術館は人手が少なく、入場者も普段は少ないことから開館時間制限されてます。
普段は15時から17時しか開いてない。週末とバカンス期間はもうちょっと長く開いている。
オープニング始まる前、ミナと一緒にパチリ。
美術館友の会の人たちに向けた、17時からの先行特別ツアー。年齢層はかなり高めですが、みなさん興味津々。質問いっぱい。
 
このあと大きなスペースで大観衆の前でスピーチをしたのだけど、写真撮ってないです。
レ・サーブル・ドロンヌの文化担当副局長に始まり、館長のギャエル、ゲストのフランソワーズ、同じくミナ、そして流れ的に私が締めでした。
 
めちゃくちゃ緊張したけど、暖かい雰囲気に包まれていたので大丈夫だった😊スタッフのみなさんにちゃんと感謝も言えたし、それで私は十分。途中なんか笑いをとったと思うけど、なんでかは覚えていない😗
 
 
そして全然写真なし!つまりずーーーーーーーーとひたすら4時間ほど、人と話していた。数歩歩くと話しかけられ、友達がきてくれて話したり、写真一緒に撮ったり、作品の話したり、、、、立ちっぱなしでした。
 
21時くらいに美術館は閉まった。
それから招待客だけ11人でレストランへ徒歩で向かう。

ここで大変だったんですよ。。
まずは友人でもあり仕事仲間でもあるジェナとお気に入り本の交換して(この前会った時にプレゼントしあおうぜ!という話になりちゃんとお互い忘れなかった)、お酒もちょっとだけ入り、前菜を食べたところで 何かが変。
ジワリと感じる冷や汗。
あ、あかん、、、
 
これ、例のやつや、、、!
 
 
 
私が座っていたのはソファー席で、お手洗いに行くには隣の人にわざわざ席を立ってもらわなければいけなかった。でもこの時私は確信した。
「今行かんと、とんでもないことになる」 

私の予感は的中した。
お手洗いに誰もいなかったことが本当に幸いでした。駆け込んだ瞬間私はリバースをしてしまったのだー
 
これ、飛行機内で吐く時と同じ感覚。
疲れと睡眠不足と逃げられない窮屈な感覚からくる、あの「やばい」感覚。
 
 
 
思う存分吐いてすっきりしたから大丈夫でしょう、
と自分に言い聞かせて席に戻ったはいいものの、主菜が運ばれてきてそれを見た途端
「あ、これは絶対に一口も食べられないし、このままいると絶対また吐く!」と思って、向かいに座っていたギャエルに
「ごめん、私めちゃくちゃ気持ちが悪い。今すぐ宿に戻る!ごめん!」と言って、みなさんに何も言わずソソクサーとレストランを後にしたのだった。
 
 
雨も降っていたし、寝泊りしていた美術館までは歩いて20分くらいかかった。その夜道で吐き気をなんとか抑えながらもわたしは「なんていうことだ」と最初自分を攻めた。
 
でも歩きながら思い直した。
「こんだけ長時間大多数の人から声をかけられ続け話し続け、そもそも1年半前から企画していた大きな美術館での大きな個展がやっと終わったのだから 疲れて緊張の糸が切れたんだろう。当たり前だわ」と楽観的に思った。
 

あとはベッドに倒れこんで寝るだけ、よかったよかった。と思っていたら、宿に帰っても吐き気は続き、おそらく朝の2時くらいまで吐き続けておった。しんどかった。。。


翌朝起きたら身体中が痛く、疲れ切っていた。
いろんな人から私の体調を心配するメッセージが届いており、館長にも電話をした。
 
 
館長のギャエルは電話で私をものすごく褒めてくれた。
私個人に対する褒め言葉なのでここで紹介するのは恥ずかしいのでしませんが、彼女の優しく暖かい言葉(しかも彼女は絶対にお世辞なんて言えない人で、言動全てに嘘がつけない人だからなおさら嬉しかった)と「やっと終わった…」という気持ちで、彼女にバレないように電話の最後は涙をこらえた。電話を切った瞬間、我慢してた涙がブワーと出てきて、子供みたいにわんわんとそれはそれは長い間泣いてしまったのだった。
 
それは喜びの涙だった。


 
しばらくして頑張ってベッドから起き上がり、老人のようにゆっくりではあったけど歩いて外に出た。ジェナの家族がせっかくここまで来てくれていたのだし、彼女たちが電車に乗る前にもう一度どうしても会いたかった。マルシェで落ちあう。
ものすごく心配されたけど、彼らに会えて嬉しかった。冷たい空気を感じながらゆっくり散歩して気持ちよかった。
彼らを駅で見送ったあと、私はコーラを買って飲みながら帰った。
(フランスではコーラは病人が飲むものでもある)

2024-03-11

弁当 腰

カレーのルーを使わずにカレーを作ったらめちゃくちゃ美味しかった。まぁまぁ面倒くさいのでたまにしか作らないだろうけど。
 
今週はあんまり弁当に力が入らなかったかもなぁ

 3回しか作らなかった。そういう週もあるさー

他はサンドイッチとかこういうものをたべて食べておる。

 
先週火曜の朝、起きてトイレまで歩いているとなんか腰に違和感。その痛みはその日ずっと続き、 なかなかしぶとい。
翌朝プールに泳ぎに行って、少しは良くなった気がする。2日後の金曜日、痛みがぶり返す。めっちゃ痛い。

なんやこれ!
痛い!痛すぎる!前屈が全然出来ない!
長いことたっていられない。
 
これは世の大人たちが言う「ぎっくり腰」というものなのでは?
でも激しい運動も、きっかけになる「何か」も、全く心当たりがない。
土曜日、あまりに痛すぎたので耐えられなくなり、ostéopathe整体師の予約をとって行って来た。一番近くの予定が空いていた、全然知らないオニーサンだったが、細かい動作まで全部説明してくれた。最初チェックしてもらうと「軸が完全に左に偏ってるよ」と言われた。
まじで!
「でも大したことではないから、安心して。この1回の施術で十分治るよ」と言い、テキパキと施術をこなしてくれた。

終わったあとも腰の下部分が痛く
「あの、まだ痛いんですけど…😨」と言うと
とある動作を私にさせた。
ニーチャン「これは痛い?」
私「これは痛くないです」
ニーチャン 「じゃあ大丈夫。まぁ炎症部分は全部すぐには消えないからね。今日は町をぶらぶら歩くもよし、プール行ってもいいよ!今夜は抗炎症剤でも飲んで、そうすれば明日には痛みは消えると思う。2日経っても消えないなら電話して。追加料金なしで施術するから」との返事。
 
半信半疑で頷き
そのあと帰宅した私。
い、、、いたい。。。。
むしろ痛み増してる。。。いたいよーーーー 
詐欺だーーー痛いー!
 
翌朝。 
少し良くなってるような。でもまだちょっと痛い。
また明日会いに行くの嫌だなぁ
とか思いながらプールに行く。
この日は1700メートル泳いで、家に帰宅。家事をしていると腰の痛みが消えていたことに驚愕した。
 
ニーチャン、やるな・・・!!!


もちろん痛みがすっかり無くなったわけではなく、前屈をすると軽い痛みはあるものの ほとんど気にならないレベル。すごい!
 
原因はおそらく「無意識にした無理な動き」と、ニーチャン。ベッドが悪い訳でもなく、何か気づかないうちに私が勝手に何かをやってしまったらしい。最近ストレッチを真剣にやっていたのだけど、それかな?と言ったら「多分それ」と言われた。自業自得!
 
体大事。

2024-03-03

健康チェック 腰の注射

2月は、まるまる1ヶ月間トゥーロンにいた。電車も飛行機も乗らず、毎晩我が家に帰って自宅のベッドで眠れた。こんなに長い期間 移動しなかったのは、おそらくコロナが明けてから初めてではなかろうか!!なんてこった、嬉しい!

せっかくここに居を構えたのだから、まずは主治医(かかりつけ医)を決めなければ。秋くらいから左の骨盤あたりがとても痛かったこともあり、これはちょうどいい。家の近くのお医者さんのアポイントメントをとった。私より少し年上くらいの先生、主治医登録も了承してくれた(医者不足で、初見の患者お断りのお医者さんもけっこういる)よかった〜。
 
腰の痛みを訴えると、先生はじゃあ色々調べよう、と言って
・血液検査
・エコグラフィー
・EOS(脊椎や下肢(特に股関節と膝関節)の変形を調べるために使用でき、これまで日常的に使用することができなかった精密で機能的な情報を提供します)
を私に課した。
 
血液検査はラボラトワールに朝食抜きで直接行けばいいし、あとは全てインターネットで予約が取れて便利。
 
エコグラフィーで「左腸脛靭帯の症候性腱鞘炎です」と診断された。
女医さんに「ランニングなど、日頃からよく運動する人に起こるものだけど、ランナーですか?」と言われた。
 
走りはしないけど、腰が痛み出した秋は色んな国や街を重い荷物を持って歩いていたからかな?結局ステロイド薬を直接注射する手術(といっても超簡単)を受けることにした。ちなみにEOSも血液検査も問題なし。とても健康でした〜。

 
そして手術当日。
手術といっても10分で終わるもの。先日エコグラフィーで見てくれた女医さんと助手の方が注射を打ってくれた。その注射が痛くて痛くて。助手さんの「一緒に深呼吸をしましょう」の一言でなんとかやりきった。
 
それから1週間運動禁止。長い徒歩、自転車も禁止だったのだけど、その間にアトリエのパイプ管から水が漏れたり、いろいろトラブルがあって結局ちょっとした体の運動(労働)はしてしまった。が、腰はだいぶ良くなった。このまま痛みが戻らなければいいけど。
 
関係ないけどこの際なので歯医者にもいって虫歯ないかチェック。見事に問題一切なし。これでしばらく安心。健康です!
どの仕事もそうだろうけど、私の場合 特に自分の体が資本なので、健康には気を使ってます。体と頭が元気だと作品もよくなっていく。
 
 
注射から1週間も経ったし、日曜の朝8時からプールに行ってきた。大雨が降っていたので予想通り空いていた。しめしめ
久々に思いっきり身体動かして、最高に気持ちよかったー!!いつもより少し長く泳いだ。この疲労感がたまらん。
 
 
3月半ばから放牧に出るので(父から言われた言葉、子だから遠征は「放」笑。相変わらず言葉遊びが上手いね)、それまでしっかりトゥーロン生活楽しもう。

2023-12-03

ガストロ(胃腸炎)

次の日、ナントの中心地にある Passage Sainte Croixという、文化施設?アート展示場所?での天井画制作が始まった。ここの常設展示の一部として、天井画は10年も保存されることになっている。

お願い通りちゃんと足場が用意されていた。しかし真ん中にライトのレール?があり、思ったよりかなり面倒な制作になりそうだ。
初日はとにかくあんまり考えすぎずに制作を進める。
絵を描き始めたはいいんだけど、なんだか寒い。

寒いし、少し頭がくらくらするような。変だなーと思って、休み休みやっていると「ん、なんか変かも」と思ってトイレに駆け込んだ。すると入った瞬間、リバースした。。。
やっぱり、なんか違和感あると思ったよねぇ。。。
吐き気は治らず、2回もリバースしてしまった。このまま制作を続けるのは危険と思い、すぐに家に戻った。そのあとも何回か吐いた。

家の主のEとOにその旨を伝えると、彼らが仕事から戻ってすぐ看病してくれた。そのときやっと「あぁ、ガストロ(胃腸炎)か…」と気づいた。インフルエンザか何かかと思っていたけど、長いこと胃腸炎やってなかったからすっかりその存在を忘れていた。
それからとにかくベットで安静に。
数年前胃腸炎になったときは医者に「水分補給はもちろん大事だけど、糖分を摂らなければだめ」と言われ、コーラを飲んだり(フランスあるある)、飴を食べるよう言われた。なので私はEに蜂蜜入りのハーブティを淹れてもらった。飲んだ瞬間水分も何もかも失っていたカラカラだった身体がめちゃくちゃ喜ぶのが分かった。そのあとグッスリ眠った。ありがとう。。。彼女の娘(8歳)が湯たんぽを私に持って来てくれて感激した。。。ありがとう。

翌朝起きるとだいぶスッキリしていたけど、大事をとって休んだ。おそらくひと昔の私なら、絶対そのまま無理して絵を描きに行っていたと思う。(成長した…)


その日はMIRAでグループ展のオープニングがあったのだけど、本当は行かないで休んでいようと思ったが、さすがにフライヤーにも絵が採用されたし、ギャラリーや参加アーティストのみんながとても熱心に仕事してるのを知っているので、顔出すだけ出した。ビズ(頬にキスする挨拶)しなかったけど、みんなに会えてよかった〜

滞在時間30分。
サクッと帰って来た。

街はクリスマス仕様。

適度に歩いて気分転換にもなったし、そのあとはぐっすり。そして翌朝は見違えるように元気になった。早速仕事場へ戻る。
2日ぶりにまともな固形物を食べれて本当に幸せと思った。こんなにサンドイッチが美味しいなんて。
2日だけ苦しんで終了してよかったー
これでインフルとかなっちゃったら大変。体調管理しっかりせねば。みなさんもお気をつけくださいませ

2023-01-21

ナントへ

ナントに戻って来ていた。
目的がいろいろあってたくさんの人にあった。
 
知り合いの歯医者に会いに行った。

 
病院で卵子凍結について話を聞いて来た。
私はまだ子どもが欲しいかどうかは分からん。なんとなく欲しいかもしれない、子どもがいたら楽しいかもしれない、とは思っても全然急いでいない。それより今仕事が忙しくてそこまで考えられないし、ジェレミーも私も、今やっとアーティストとしてのキャリアが出来てきた感じだもんな。。ジェレミーとはまだ一緒に住んだことがないし、パートナーとして上手くいってほしいけどどうなるか分からん。分からんだらけなのだ。そもそも相手がいないと子どもはできない。。
 
私は今35歳で、3月には36歳になる。
定期検査として1年に1度産婦人科に行くようにしているが、前回の検診(夏前?)医者に卵子凍結の話をされた。保険適用になるので実質無料。保存料は1年に45ユーロらしい。その産婦人科の先生は友達の友達なのだが、「やったらどーよ?」的な感じで、すごい軽いノリで進められたので「いいかもなー」と気楽に受け入れられた。
結局秋になって病院にアポイントメントをとった。なかなか時間が合わなくて苦労した。やっととれたのが1月終わり、待ちに待ったアポイントであった。
 
先生は私より確実に若い、さっぱりしたドクターだった。(産婦人科のおじさん先生とはまた全然タイプが違う。)真剣な顔で色々な指摘をされた。
保存までに検査など順序を踏まないといけないこと。検査をしてみないと卵子の状態はさっぱりわからないこと。一定期間病院に通う必要があること、人によっては全くうまくいかないこと、もちろんリスクも伴うこと。保存ができたからといって安心ではなく、絶対に子どもができるとは限らないこと。
 
それでもやろうと思った。
夏前まで忙しいけど、時間を見つけて進める予定です。
早速、エイズなどかかってないか血液検査しました。私はもちろん大丈夫だったけど、人によっては時々サプライズがあるとか。。
 
次のアポイントメントは3月。
なるべく早く、時間のあるうちに進めておけばよかったのかもしれないけど、そんなこと分かんなかったもんねー しゃーない。
 
わたしより2〜3歳若い女性で同じような境遇の人に届けばいいなーと思いながら書いています。日本は費用が高いかもしれないけどね。。
 
 
 
MIRAでスカーフ売ってるよー
兄とめちゃくちゃ美味しいピザ食べたよ!
久しぶりに会えて二人で嬉しくって、すごく珍しいことだけどカクテル飲みに行った。兄はさっきのピザ屋で飲んだアペロルとここのカクテル2杯でめちゃくちゃ酔っ払ってた。めずらしい!

19日の最大規模のストライキ。

 

2022-12-28

マレーシア・ペナン②

ペナン2日目。
蚊はいっぱいいて、しかも飛ぶ速度が速い!なかなか倒せない。でも長旅で疲れているから寝れる。奇跡的に全く時差ぼけがなかった私。ジェレミーは1週間以上も時差ぼけに苦しんだので「信じられない!」と驚いている。
しかし元気だったのは昼頃まで。なんとそのあとちょっとした事件が起きる。
 

ペナンの何がいいって、まずすごく平和。そして食べ物や飲み物が全て安い。ただお酒はフランスより高い。さすがイスラム国。写真は後日のものをランダムにのせてますー 昼から飲んではない
 
 
お持ち帰り用のスイカジュース。120円くらい
フードコートで頼んだコーヒー。
左がアイスコーヒーミルク入り、右がアイスブラック、なはずだけどどちらもたっぷり砂糖が入っている。ジェレミーは甘いものを全然食べたり飲んだりしないので、半分も飲めてなかった
バナナの皮で包まれたもの インド料理だったと思うけど名前忘れた
ジェレミーのアトリエ

ギャラリーやお店がいろんなところに。
 
午後から少しずつ用を足す時に違和感が出てきた。
 
膀胱炎っぽい。今までに何度かなったことがあるけど、薬局で買えるサプリメントを飲むとすぐ治る程度。だから今回も薬局を見つけて何か薬を買いたいと思い、ジェレミーと薬局を探す。
探しているといよいよヤバい。大型ショッピングセンターに薬局を見つけたが、まずトイレに行かなければ。用を足すと、びっくりなことに血が混じっておるではないか!なんじゃこりゃあああ
私はパニックになり、ジェレミーにそれを伝える。痛みもどんどん増す。薬局に駆け込んで拙い英語で伝えると「膀胱炎のための薬はこれね。でも血尿が出るのなら、絶対にすぐクリニックに行った方がいい」と言われたのでクリニックを探す。
 
そのとき携帯で「血尿」という単語を調べると、ものすごい多種多様な結果が出てきた。私はもしかして重い病気なのではないか、こんな辺鄙なところでこんな病気が見つかって、あぁどうしたものか、もうすぐフランスに戻らなければいけないのでは、、、!!とめちゃくちゃ狼狽えたのであった。それをジェレミーに伝えたところ
「牧子、今の時代『腰が痛い』って検索をかけるだけでも同じような結果が出るよ。心配しないで、絶対大丈夫!!」
とすぐに言ってくれて、この彼の言葉にもんのすごく安堵した。
(たしかに、だいじょうぶかも。分からないものに対して理由もなくおおげさに反応するのは良くないよね)

 
インターネットでジェレミーのアパートのほんのすぐ近くにクリニックを見つけた。しかも!前日たまたま見かけた猫(椅子に座っていたあいつ)のところが、クリニックだったのだ。そこがクリニックだなんて全然気づかなかった!
 
さて 最強に痛い。
 
 
その時点でもう19時半を回っていたと思う。しかもその日は12月24日。フランスならもう何もかも閉まっているであろう。 病院の救急に行っても何時間待つか分からないレベル。
いざ、不安な気持ちでクリニックのドアを開けるとドアが普通に開くではないか!!受付の人も普通にいる。「医者に診てもらいたい」と伝えると
「あー今ご飯食べに行ったから、1時間後くらいにまた来てくれる〜?」
と軽い返事が返って来た。
わたし、拍子抜けした。
しかしこの軽い感じが、ものすごく私を救ってくれた。
あ、なんか大丈夫かも。と。 

一度家に戻り、さっきもらった膀胱炎の薬が効いてきたのか、楽になってきた。でもまだ血は出る。
1時間してクリニックに戻る。パスポートを見せてしばらくすると自分の名前が表示される。
 
 「ミス、2番の部屋に行ってくださーい」
その部屋に行くと、インド系?の50代らしき医者らしき人がマスクを鼻下までずらした状態で「ハロー」と言った。独特な訛りの英語。ギリギリ分かる程度。ジェレミーはこちらの人の英語に慣れているから全部わかるっぽい。
 
医者「で、どうされました」
私「午後から膀胱炎の症状が出て、痛みもあります。っていうか血尿も出るんですが!」
医者「ふーむ。。。膀胱炎ね、血も出るんだね。。。年齢は?」
私「35です」
医者「25ね、」
私「違います、35です、3と5!血尿なんて人生で初めてなんです!!」
医者「え、初めて??はっはっは!(なぜかここで爆笑)35歳で初めての血尿??いやーーーきみ、よっぽど健康なんだね〜〜!!やーー羨ましいよ、いままで何も大した病気してないんだねーーー(ずっと笑っている)35で初めての血尿かーーー」
 
私、めちゃくちゃあっけにとられる。
しかしお医者さんがあまりに爆笑しているので釣られてめっちゃ笑う
(35歳で初めての血尿がそんなに面白いのか?) 
でもお医者さんから意地悪な感じは全くせず、ただひたすら安心させてくれた。
 
 
医者「尿路感染症だろうね。抗生物質の薬5日分出すから飲んでね。膀胱炎の薬も同じやつもう少し出しとくねー」
私「あ、はい。。」
医者「これで大丈夫。何も心配はいらないと思うけど、もし万が一5日経っても治らなかったら またきてねー」
(そのあとパソコンをカタカタしている おそらく処方箋書いてた)
 
医者「ところできみたち、どこから来たの?」
私「えーと、フランスです。」
医者「え??」
私「私は日本人ですがフランスに住んでます」
医者「だよねーーー!フランスっぽくない顔しているからびっくりしたよ」(突然ジェレミーを見ながら)「ところでフランスはW杯の決勝戦惜しかったねーー!!!」

最後サッカーの話をするお医者さんがあまりにウキウキしてて、今までの診察は一体?と思うほどだった笑
 

そのあと受付で診療代(50リンギット)と薬代(およそ35リンギット)全部で85リンギット(2500円ほど)払った。びっくりしたのが、薬をその場で買えたこと。処方箋持って薬局を探さなくて良いって、本当に便利すぎる。しかも24時間空いてるそうだ。それでこの値段は本当に安いと思う!!
 
 
何故だか分からぬが、わたしは相当安心したのか、
薬を飲んでもないのにその時点でかなり痛みは和らいでいた。血もだんだん薄くなって、夜には普通の尿の色に戻っておった。なんだったんだこの午後のアレコレは。。。夕食も普通にモリモリ外食した。なにこの回復力。


とにかく今はめっちゃ健康で普通にしています。抗生物質も飲んで、まったく痛みも何にもありませーん。
異国の地で病気になるのは本当に怖い。本当何事もなくて良かった。お世話かけましたーありがとう。
 
コルテオ 太陽光発電