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2025-07-27

Citadelle de Blayeとか

ジョルジュの足の指にマニキュアを笑(爪がデカくてめっちゃ塗りやすい!)
お揃いだー
車を走らせてちょっと遠くに
ブライ城砦 Citadelle de Blaye
わたしと観光客のおじさん笑
(ちなみにこの帽子は敷地内のお店で5ユーロだった)
その後はジョルジュの幼馴染Bのお家へ。
綺麗な奥さん、モデルみたいな娘たち2人、本当に幸せそうだ。。。いいねぇ
Bが激安で買った怪獣のおもちゃ。口を開けると怪獣の口も開く。正直めっちゃ怖い!笑
みんなでマリオカート(スイッチで)をしたんだが、わたしはジョルジュと子供たちを負かせてしまった😳幼少期に兄弟で64(四人兄弟なので4人で遊べてちょうど良かったんだよね)で鍛えていたのが、今になっても力は衰えておらず。びっくり!
今のゲームはチカチカしてアイテムもイベントもいっぱい、時々何が何だかわからなくなるけどまぁそれもよし。

その後食事をして、今度はBの奥さんが大好きなカードゲームをしたんだが、雑学を競うようなもので、わたしは本当に全く全く全くわからず。ただただ恥ずかしくって穴があったら入りたかった。。。

2025-07-25

とにかく休む。

ガロンヌ川
広い!
コーヒー牛乳みたい!
ボルドーに来た翌日、電池が切れたみたいに寝た。

朝食を食べてすぐに眠くなり朝寝を、
昼食食べてからすぐに昼寝を、
おやつを食べてからちょっと昼寝2を、
夕食を終えたらまた眠くなって夕寝を。

自分でも驚くぐらい1日中眠っていた。どうしたものかと驚いた。どこかが痛いわけでも熱があるわけでもない。
おそらく、フィンランドに出発した時から続いていた緊張が、一気に解けたのかと思った。体が自然と「マキコ、イイカゲン、ヤスメ!」と訴えていたのかもしれん。



その翌日から眠気は治ったが、それでもお言葉に甘えてとにかく休みまくっている。
本を読んだりルービックキューブしたり、プール入ったり走ったり映画見たり。ジョルジュ母とジョルジュといろんな話をしたり、彼らの昔のホームビデオを見たり。

ジョルジュとボルドー市内へ
ものすごく久しぶりに昼からスピリッツを飲んだら気持ちよく酔っ払ったー。ジョルジュは運転があるのでコーラ。
5週間のフィンランド滞在に加え1週間強のベルギー滞在、そしてフォントヴロー。合計2ヶ月間ジョルジュに会わなかった。本来なら彼はフィンランドに一緒に来る予定であったが、来なかった。仕事があったというのが1番の理由だが、2つ目の理由に「牧子の貴重な経験(冒険」)を邪魔したくなかった」というのがある。

もし彼がきていたら、わたしは常に彼と行動を共にして、現地のスタッフの皆さんと触れあう機会は少なくなっただろう。ジョルジュは英語バイリンガルなので、伝わらないことがあればジョルジュに頼っていただろう。何をするにも二人。一人で知らない人々の輪にエィ!と入っていくあの勇気を出さずに、そのまま何となく「楽しかった」で終わっていただろう。
そしてそもそも、彼が来ていたらわたしは心の底からレジデンスを楽しめなかったかも。彼に素敵な時間を過ごしてほしいという思いから、自分の制作をおろそかにして集中できなかったかも。

フィンランドの人々はみんな口を揃えて
「なんで彼氏来ないの?」と逆に不思議がっていたけど。



こんな大きいトトロがボルドーにあったよ!
このラーメン屋さん?今度試してみようー

ジョルジュ母のおうちは本当に快適。
ミネット。

2025-07-23

エマニュエルのちボルドーへ

フォントヴロー修道院はわたしにとってとても大事な場所。
ここでアートディレクターをしていたエマニュエルという人がいる。彼はここに20年前から勤めており、最初はmédiateurと言って場所のヴィジットや説明などをするような仕事をしていた。そこから徐々に上り詰め、なんと8年前くらい前からアートディレクターになった。彼は結婚式もここで挙げたらしいのでフォントヴローに対する愛がすごい。

そしてこのたび、なんと転職することになった。
誰も予期しなかったこと。
わたしはある日彼から直接電話をもらってその旨を聞いた。めちゃくちゃ驚いたけど、同時に「この人強いな、かっこいいな」と思った。

人生の大部分を捧げた場所を去るのはよほどの決意がいったと思う。でも彼なりに思うことがあったんだろう、別の場所でより大きい責任を負う役所に着くのだ。

わたしがフォントヴロー修道院に到着したのは火曜日で、その日が彼の最終出勤日だった。全ての部署をまわって数えきれないほどたくさんいる同僚たちに別れを告げ、17時半に自分のオフィスに戻ってきた彼は目を真っ赤にしていた。そして私たちを見てまた泣き出してしまったのだった。
わたしは彼を修道院の門のところまで送って行った。
仕事を辞める時にこんなに泣ける人、羨ましいし、すごく素敵。よほど想いが強いんだ。。美しい。


そんな彼と後日、改めて2人だけでご飯食べに行った。
エマニュエルにはわたしと同い年の夫がいる。主に愛の話や仕事の話をした。いつもたっくさんの仕事に追われて忙しかった彼だが、この日ばかりはゆっくりいろんな話ができてよかったーーーー
次に会うのは秋、ルーアンのわたしの個展。またねエマニュエル!がんばれ!そしてひとまず思いっきり休んで!

久々に鐘に会いにいく。
色がどんどん良くなっていく。写真ではわかりにくいかもしれないけど、青色が出てきた。美しいわたしの娘。ペトロニーユ。

夜、他のレジデンス中のアーティストらと一緒にご飯を食べた。外の広場でその日限りの市場がやっており、シャルキュトリーでこんないい写真を見つけた

そして翌朝、わたしはフォントヴローを後にした。
バカンス期間の電車は地獄。。。くたびれたー
そして無事ジョルジュ母のお家に到着した!
着いて荷物置いてジョルジュ母とだべりながら一緒にプールへ。プカプカ浮かびながら近況報告。
20時ごろわたしはジョルジュ母と夕食をとっていた。
その時ジョルジュから電話があって
「牧子ごめんねー 用事が立て込んで、今やっとシャモニーを出発したばかり。どこかで仮眠をとってゆっくり向かうから、おそらく明け方に着くと思う。2時間後にまた電話するね」と。
シャモニー↔︎ボルドーは車で7時間半ほどかかる。フランス横断。

遠いところ大変だなー(他人事だな笑)と思いながら、わたしは夕食を食べた後そのままベッドでウトウト。2時間後に予定通り電話が鳴る
「牧子、元気?」
「うん、ちょっと寝てたー。どう?運転は順調?今どこらへん?」
「今Corrèzeあたり、でもちょうどいいタイミングでベッドを見つけたから、一休みしようと思う」
「ほーぅ(ベッド?)」

珍しい、ホテルの一室でも予約したんかな?
テントを張ったりして屋外で寝るのが大好きな人なのに、ホテルとかで寝るの?なんか変だなーと思っていると、その3秒後にわたしが寝ていた部屋のドアが開き、ジョルジュが登場した。


「ボンソワーーーーール!!マキコーーーー!」


へ??😳


驚きすぎて声が出ない。

なんでジョルジュここにいるの?

Corrèzeにいるんじゃなかったの?



2ヶ月ぶりにみるジョルジュはイリュージョンかと思った。
携帯の極小スクリーンで見続けた人を突然現実で見るとすごい変な感じがしたー

嬉しや、嬉しや、3Dジョルジュ!
本物だー!!!


ジョルジュ母は、ジョルジュが電話で嘘をついているのを知っていたらしい。彼はその日の用事早めに済ませ、15時くらいにはもうシャモニーを出発していたのだ。そんなことは何にも知らずに呑気にプールでぴちゃぴちゃ遊んでいたわたし笑

その後サロンに降りて行ってジョルジュ母と3人で談笑し、その後グースカ寝ました。
無事に久々にジョルジュに会えて嬉しいぞーーー

2025-04-07

ボルドーからの、ラカノー

ボルドーにやってきましたー
市内でジョルジュと彼の古い友達家族と会って、次にジョルジュ父とそのパートナーとアペロ、そしてジョルジュ母の家に着きました。
パリ滞在を経てストップなしにたくさんの人に会ったのでクタクタ。

Pont routier de Cubzacという、ギュスターヴ・エッフェル(あのエッフェル塔で有名な)が建設した橋を見にいった。これは橋の端。
気候は春!
ジョルジュ母の家には長さ10メートルくらいのプールがあり、居ても立ってもいられず、入ってしまった!
「あの、、プール、入ってもいいでしょうか?」と聞くとみんなかなり驚いていたが、誰もこんな季節にプールを堪能する人なんていないので喜んでくれた。

あとで測ったら水温は14度だった😬
冷たいけど、ちょっと入ってると慣れてくる。クロールしたり潜ったり、つめたーーーーい!!けど気持ちーーーーい!!!

流石に冷たくて痛くなってきたので10分くらいで出たけど、家にプールがあるなんてなんて贅沢なんだ。贅沢の極み。
ありがとう😇


その日はジョルジュ弟夫婦と子どもたちが遊びにきており、一緒に昼食をとって遊んだ。クタクタになったところでジョルジュと私は車に乗ってLACANAU(ラカノー)へ。ボルドーから車で45分くらい。この仏語の「ラカノー」が、何度聞いても「中野」に聞こえて、もう何度笑ったか!サーファーの聖地らしく、結構有名な場所らしい。

海沿いのレストランで珍しくカクテル。
日没。
そういえば3月終わりに夏時間になったから日本との時差は7時間。
出たでた、ショコラティーヌ!
フランス南西部ではパン・オ・ショコラではなくショコラティーヌと呼ぶのだ。
ジョルジュ元気!笑

2024-12-23

ボルドー

ジョルジュのお母さんに花束を。

わたしは19か20歳の時にボルドーへ1ヶ月間だけ語学留学に来たことがあり、それが人生で初めて日本を離れた渡航だった。当時は語学学校とホストファミリーの家を行き来するだけの毎日だったし、そもそも仏語なんて全然話せなかったからお店に入るのも怖かったし。もう17年前のことだけど、ボルドーも私もかなり変わったよね。


スケートパーク。
昔この一帯は工場地帯だったらしく、今とは雲泥の差。

ジョルジュと知り合ってまだ6ヶ月足らず。お互いに、両親に会うのはちょっと早いのでは、と思っていた。そんな時たまたまボルドーのとあるアート団体から仕事の依頼があった。それならちょうどいいね、ということでボルドー行きを決めたのだった。
その団体のアトリエ見学。
見学したはいいものの、結局仕事が本当にあるかどうかは不明。最近フランス中で文化事業助成金の大幅カットが行われており(特にナントがあるペイ・ド・ラ・ロワール圏は、全体の73パーセントも削減される)、私の友人らは大打撃を受ける。南でのプロジェクトも、北でのプロジェクトも、今回のボルドーも然り。
デモや嘆願書など行なっているが全然効き目なし。。。

これほど文化で溢れたいい国だと思っていたのに、何十年と人々が積み上げてきたプロジェクトの歴史や文化雑誌、アートイベントなどが一瞬にして消滅・もしくは大幅な収縮されるのを見ると心が痛むな。。。


ジョルジュのお父さんと食事。
ガロンヌ川を展望できる素敵なところでした。
建築家だからか、私の仕事に興味津々のお父さん。いろんな話ができました、とても嬉しかった。
テラスで仕事の電話中の私、ジョルジュが激写していた笑

今回ジョルジュのご家族と出会って、ものすごく嬉しかったなぁ〜滞在は3日だけだったのでかなり足早な旅行だったけど、ジョルジュの親友家族にも会えたしみんなとてもいい人だった。ジョルジュを別の角度から再発見するいい機会にもなりました。

ボルドーからトゥーロンに戻るけど、電車はなぜかものすごく時間がかかるので飛行機でマルセイユまで。環境に良くないのはわかっているんだけども。


 
コルテオ 太陽光発電