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2025-02-28

海を満喫する

天気があまりに良かったので
それぞれ本を1冊、そしてビーチタオルを持って海の方へ歩き出す。

車でどこかのビーチへ行こうと思ったけど、あえて全部歩いてみようというジョルジュの提案を受け入れた。運動靴を履いていざゆかん!
最高にいいお天気だ!
いてもたってもいられず、私は靴を脱いで足を水に。
おそらく水温は13−14度?冷たいけど、サイコー!

その後別のビーチに辿り着き、今度はあまりにも水に飛び込みたくなり、下着姿で海に突入した。
こちらはまず足から慣らすジョルジュ。
ついに彼も入った!
水温が低くて、数秒経つとだんだん痛くなる。
長く入ってはいられないが、海から出ると最高に気持ちが良い!
爽快!!

リフレッシュして、服を着なおして
そのままビーチ沿いに歩く。
家からそう遠くないところに、こんな素晴らしい場所があったなんてー!!!普段の忙しさに追われて、近所の自然を全然満喫できてなかった。。。
いつも同じビーチしか行ってなかった自分のせいでもあるけど。

かなり長い間歩いて、お昼ご飯食べて、ビーチで読書して帰ってきた。おそらくトータル10kmくらい(もしくはそれ以上)歩いたと思う。本当に気持ちの良いバラードだった。ありがとうジョルジュ!

同じ方向を見ながら歩いているからこそ話せることもあり、いろんな話ができて良かった。ジョルジュは本をたくさん読む人だし書くのも得意だから、なんでも言葉にするのがとても上手だ。一方私は仏語日本語に限らず語彙力が少なくてなかなかスマートに自分の気持ちを要約できない。(子供の頃、国語の点数が他の教科に比べていつも悪かったし)

だけどジョルジュは人の話をちゃんと最後まで聞ける人だから、安心して、私も少しずつ粘り強く説明しようとする。時間はかかるかもしれないけど、こうして自分の曖昧な考えや思いを少しずつ言葉にしていけるといいな

2024-04-30

地面画が終わった

地面画が、今日やっと終了しましたー!!! やっと終わったーーー
ステンシルを作って、またまた子ども達に手伝ってもらった。
上の写真の黒いものは、私がステンシルを使って施した上級編。なかなかいい出来で嬉しかった!
カルメン。自分の手のサイズと、私が描いた恐竜の手のサイズを比べている。かわいい!
いざー!
気温が上がって暑い午後、やっと完成しましたー
 
 
 
すいません、ここからくだらない愚痴になります。
 
今回の地面画、本当に色々あった。
何が一番大変だったかって、「公共の場(屋外)での制作」。
 
雨が降ると仕事ができないので、晴れているときにガガガーと絵を進めなければいけない。わたしは大きなストレス・責任を抱えているし、思った以上にハード。
ところが絵の横をたまたま通りかかった人々は反射的に私に話しかける。そして私の横にぴったりと付いて(30センチとか)、絵を描くのをジロジロ見ている。
 
 
話しかけてくる人の95パーセントは賞賛、私の制作姿を見る人々も興味があって見てるだけ。ただね、絵を描いてるときにひたすら話しかけられて、本当に全然集中できない。
私がもっとプロだったら平然と制作できるんだろうけど、わたしはまだまだひよっこなんです。すいません。さすがにこたえた。
私も、同じ立場だったら絶対興味持って見たいと思う。でも30センチ横にはいかないし、描き手の人が絵を描いてたらこんな気安く話しかけない。まして挨拶もせずに「何を描いてるか説明して」なんて言わない。この数パーセントの人たち(悪い人たちではないのだけど、私がどれだけ苦労しているか気づいてない人たち)のせいで、褒め言葉をかけられても上手く素直に応えられなくなってきた自分にかなり嫌悪感を持った。とても辛かった。
 
 
2度、本当に近くにずっと居座られて集中できなくて
「すみません、あなたがいるので集中できません」と言ったのだけど、2回とも「あぁ、そうですか」と言われて、全然動いてくれなかった。2度目の時は女の子が私の絵を超至近距離で見ていて、母親はその後ろでビデオを撮っていて、私の発言にも関わらずビデオを撮り続け、何も言わずに動かなかった。
さすがにしびれを切らして
「すいません、制作が進まないので他の絵の部分を見にいってくれませんか」 
と言ったら、子供を促して「さぁあっちにいくわよ」と言っただけだった。

 
そして90パーセントの人が何も言わずに勝手に私の写真やビデオを撮る。簡単に声かけしてくれる人もいて親切な人もいるんだけど。
 
私は動物園のパンダみたいだなと思った。
 
 
一番きつかったこと。
制作も大詰めのとき、5歳くらいの男の子にいきなりひどい罵り言葉を言われた。バカにしたように笑った顔で。おそらく私を挑発したかったんだと思う。
 
周りにいたギャラリーもかなり驚いていたし、私はショックで思わず顔をあげた。真顔になって「自分の言っている意味わかってる?そんなことを言うべきではない」と返した。横にいた母親らしき女性は少しだけ慌てた様子でこちらを呆然と見ていた。私はその人を見て目で(マジでありえないんですが)と合図したら
「あ、あなたの反応が面白かっただけじゃないかしら…ははは」みたいなことを言って、気まずそうにどっかへ行った。謝りもしなかった。
 
私のせいなの?
 
そんなわけないじゃん、ここ2週間ずっと絵を描いているけど、誰一人にもこんなひどいこと言われたことない。
大人なら自分の子どもを叱りなさいよ。
そのあと博物館のスタッフらとこの話をして少し救われた。
たった5歳くらいの男の子の言葉の凶器で私の心はズタズタに傷ついた。一刻も早くこの絵を終わらせてこの街を去りたいと思った。
 
絵を地面に描くのは身体的に疲れることだが、絵を描くことはとにかく楽しいのでいくらでもできる。ただこれだけ自分の存在が軽く扱われる経験をしたことがなく(ひどいのは、一般の人は全然そんな気がないということだ)、賞賛を受け続ける反面こんなに心が傷つけられたのは初めてだった。

 
今まで屋外で壁画を描いてきたけど、今回は特に
市民との距離が近いこと、
市民が私を見下ろす形になること、
そして何より大きな地方都市の中心地であることでとても苦労しました。多いときはおそらく20人以上の人が私の横で制作する姿を見ていたから。人通りが多かった。興味を持ってくれることは本来なら素晴らしくありがたいことなのにね。私はおそらく心が病んでいたね。。。
 
 
次やるときは注意事項を書いた紙でも張っておこうかな
「制作中なので話しかけないでください」とか。それかヘッドフォンしちゃおうかな。
 
 
しばらくそっとしておいてほしい。
私は絵を描くのが好きなただの1人間であって、エンターテイナーでもなければ神様でも仏様でもない。
 
疲れたけど、絵が終わったのでゆっくり休みます。 
休んで、早く心が元気になるといいな

2023-10-27

両親と旅行④ Nantes/Saumur

翌朝、土砂降りの中すぐ近くの老舗レストラン La Cigaleへ。
そこで 私のナントの母・姉・おばであるEと会った。
彼女はどうしても私の両親に会いたいと前から言っており、やっと実現した!
コーヒーを飲みながら一通り談笑したあと、彼女は私に
「牧子、ご両親にどうしても言いたいことがあるから、訳してくれる?」と言った。
なんだろな、と思って了解すると(了解するもなにも、最初からずっと会話はすべて私が訳しているのだけど笑)
 
彼女は改まって姿勢を正し、ゆっくりと言った。
 
「おとうさま、おかあさま。あなたがたの娘、牧子はこれまで人には計り知れない努力・仕事をしてきました。今となってはとても重要なアーティストとしてフランス国内で認められています。彼女の功績はすばらしいです。彼女はこれからもっともっと飛躍するでしょう。そんな彼女を私は大変誇りに思います。」
 
うぅ、、、や、訳しづらい・・・
 
そんな私を見てEはニヤッと笑い
「訳しづらいのはわかってるけど、お願い。大事なことなの」
 
と言った。
ううう、苦しい。
でも訳さねば、と思って訳す。
 
この時点で、もう泣きそうで。。。
そんなことを思ってくれていたんだな、と本当感激した。照れ隠しで笑いながら訳したけど、本当は涙がこみ上げていた。こんな素敵な言葉をさらりと言えるひと、他に世の中にいるか〜?
 
(あまりに緊張して慌てていたし、恥ずかしくて。このあとEは何か言ったと思うのだけど、忘れた…笑)
 
さんざん私を褒めてくれたあと、最後に Eはこう言って発言を締めた。


「ご安心ください、私は彼女のそばにいます。どんなことが起きようとも、彼女は路頭に迷うことはないです。牧子には私の家という避難所がありますから!」
 

おそらくEのまっすぐなこの言葉は、両親にかなりずっしりと、そして暖かく伝わっただろう。わたしってなんて幸せものなのだ、、、と改めて思ったよね。そして私の大好きな人同士が会うって、それだけで最高に幸せだよね。
 

そのあとEは仕事へ、バイバイして
次はMIRAへ。
ここでも、オスカールが素晴らしい受け入れをしてくれて、私の両親感激。もう人があったかすぎて、両親以上に私が嬉しすぎて泣きそう。
 
今回いろんなところを見てまわったけど、 おそらくこういう人との出会いや繋がりは両親にとってかなり印象深かったのではないだろうか
 
 
そのあと駅まで移動、ソミュールまで1時間電車に揺られる。
そしてレンタカーを借りて、市内をうろちょろ
ここで私は衝撃を受ける。今の車の進化がすごすぎて、驚き尽くした。
鍵をポケットから出さなくても鍵が閉まるし、開く。
エンジンはボタンをピッと押すだけ。
サイドブレーキも自動。ファーも自動。

自分の車が古すぎるっていう別問題もあるけどさ、いやー現代の車ってすごいねー
 
オートマが楽勝すぎて、これでいいのか、逆に緊張した。
私のゆっくり運転でソミュール城へ。
両親の反応を見て気づいた。
「日本人はソミュールへ行け!」
素敵なお城、ロワール川、ぶどう畑、馬、洞窟、、、
日本の人が好きそうな要素満載で、もっと早くからここに2人を連れてこればよかったかもと思いました。
治安も悪くないし、なにより町が美しく、綺麗。
続く

2022-08-05

リハビリ

山登りで激焼けした肩の皮が剥けてきた。
こんな焼け方する35歳なんて他にいるんかいな。
(ジェレミーが撮ってくれた写真。このときまさにカリカリに焼かれておる。日焼け止め塗っておきなよー!とこの時の自分に言いたい)
山に海に仕事にプールに忙しい私は、己に「小学生の夏休みかいっ」と一人ツッコミをいれている。
ちなみに私はやたら蚊に刺される。大勢でいても私ばかり刺されるし、ジェレミーと家にいて9対1の割合で私が刺される。汗や二酸化炭素に惹かれて蚊は寄って来るといわれるが、明らかに汗臭いのは彼なのに!(失礼 笑)たまったもんじゃない。
しかも刺されてからめちゃくちゃ腫れる。ひどいときは直径5センチくらいの腫れになる。この腫れがすごすぎて、ジェレミーのご両親のお家で食事をするときは、私の横に蚊取り線香が置かれるようになった。
ナントにも蚊はいるものの、ここまで刺されたのは過去13年間で初めてではなかろうか。やっぱり暑いところにいると蚊も多くなるし、凶暴になるのだろうか。にっくき蚊!なので毎晩家にいても虫除けスプレーをする羽目に。
色々試したけどやっぱり市販の虫除けスプレーが一番効果ある。
 
 
 
 
 
その土地ならではの生き方があると思うが、同じフランスといえどこれほどまでに違うのかーというプチ・カルチャーショックの毎日。
まず南仏はあちー!
 
私がニースで好きなのは、知らない人同士がめっちゃしゃべること。
この間バスに乗っていたら通路を挟んで座っていた女性2人が知らない人同士なのにめちゃくちゃ会話が弾んでた。バス内にUSBケーブルを充電できる場所があり、それに驚いた女性が隣の女性に「あなたこれ知ってた!?」という感じで話が始まっていたのだ。するとその前に立っていた男性も「これびっくりですよねー!」という感じで自然に会話に入り込んで、もうなんかバス内みんな近所の集まりみたいになって。こういうの最高。

スーパーで買い物するときも、なんだかんだで絶対レジの人とちょっと話す。あまりにグイグイ話しかけられると「うぅ・・・」となるんだけど、そんなこともない。なんでこう現地の人らは見事に自然に話すのかなーと思う。余裕がある。
 
 
 
ジェレミーと一緒に日々暮らしていて、彼に指摘されて気づいたことがあった。
私は何か物事をするときに「○○○していい?」と承諾を求めるような聞き方をしてしまう癖があるのだ。 
「果物食べていい?」
「料理始めてもいい?」
「お風呂入っていい?」
「コーヒー飲んでいい?」

日本語で書くとなんかこんなことわざわざ聞いててアホらしい!と思ったけど、実際かなりの確率でついつい "Je peux -----?"(○○○していい?)と聞いてしまう自分。あかん
 
ジェレミーは「好きにしなよ牧子!わざわざ僕に聞かなくてもいいんだよ。ここは牧子の家でもあるんだから」と優しい(っていうか普通)。
 
買い物に一緒に行っても
「牧子好きなもの選んで」と聞かれてすぐに
「ジェレミーはどれがいいの」と言ってしまってた。

「僕は牧子が好きなものを聞いたんだけど。。僕が好きなものは自分で選んでいるし」

と言われて はっ!と思った。
本当、いままで相手のことばっかり考えて、どれだけ自分を大事にしてこなかったのだ。


少しずつ少しずつ前の牧子から新しい牧子になるリハビリをしているようだ。それにしても自分を大事にするって、簡単なようで難しいのよこれが。
 
時間がかかってもいいから、自分のことを大事にする努力をします。

2021-02-25

「絵を描いてもなんにもならない」

本当美しい、フォントヴロー。
 
作業場。足場の上。
こんなもので描いている。
うん、汚いよ。

 
時々、こうして巨大空間で一人絵を描いている状況が滑稽でたまらないと思うことがある。色んな人が「牧子が絵をかく」ということを全力でサポートしているというこの状況に。みんなありがとう。
 
 
 
フランスに来たてで仏語もままならなかった11年前、友人の紹介で知り合った人に
 
「絵を描いているの?そんなことしても何にもならないよ。」と言われたことがある。
 
 

奇しくもその人は美術学校の卒業生で(ナントではなかったけど)、当時グラフィックデザインをしながら生計をたてていた。なかなか仕事がない、と愚痴を言っていたのをよく覚えている。
 
私は彼の発言にかーーーーなり驚いた。
「なんで?」と聞き返した私に「お金にならない」と彼は答えた。
 
私は(なんて夢のない、つまらない人なのだろう かわいそうに)と思ったと思う。ましてや私はフランスに来てほやほや、夢を持った若き外国人学生。たどたどしくもそれなりに頑張って外国語を話す、そんな若造の希望や夢をバキボキとへし折る発言をする人間性を疑った。(今思えば そういう私のやる気に満ちた感じが気に入らなかったのかもしれない。本当に意地悪な人だったな…)
 
彼が「絵を描いても何にもならない」言ったのは、 多分彼自身そう言い(思い)続けることによって暗示のようなものをかけているのかなと思った。だからいつまでたっても何にもならない。「何にもならない」のは、彼がそう思っているからだよ。
 
 
 
 
 
そんな人と友達でいたいと思う筈もなく、もうそれ以来全然連絡とってないしとりたいとも思わない。でももし今どこかでバッタリ会ったら「道は険しいが、その分素晴らしいことがたっっっっくさん起こる」 と言うでしょうな。

2021-01-27

魔法の言葉 10年。

2月から始まるレジデンス中、私は L'Abbaye de Fontevraud(フォントヴロー王立修道院)に宿泊する。コロナで閉まってるけど、特別にスタッフの方にガイドしてもらいながら中をウロウロ。広いのなんの、開いた口が終始塞がらなかった。2ヶ月住む部屋も私が今住んでいるアパートより広い。。なんじゃこら、おとぎ話の中にいるみたいだ。。。

ここでは年中いろんなアーティストを迎えている。アートに音楽にいろんなジャンル。以前には高畑勲氏がここでワークショップや上演会を行ったり、昨年春には山村浩二氏が来仏するはずだったがコロナで残念ながら中止になったそうだ。
山村浩二氏といえば「頭山」というアニメーション。金沢美大で学生をしていたとき作品を見てかなりの衝撃を受けたのを覚えている。その時のことを考えていたら美大生だった頃の苦い思い出なんかも溢れてきて、すごい変な気持ちになった。。みんな何してんだろ。私は修道院歩いてるよ。。

そんで、この場所来た時めちゃくちゃ既視感があった。
 
あ!!!あれ?
 
私ここ来たことあるんじゃ…?と思って探したら、見つけた!

2009年の11月だから、フランス来て3ヶ月たらず。金沢美大の恩師の五十嵐先生と来ていた。11年前にふっと立ち寄っただけのところだけど、よく覚えているものだね。まさか長い年月を経て、ここでレジデンスするとはね。


これ、最近綺麗にしたらしい。


アトリエ。でも今回はあまり使わないかも、現地で制作がメインなので。

これ関係ないけど、ナントからソミュールの間で休憩中に食べた。セロリの葉をごま油としょうゆと砂糖とかで炒めたものを巻いた。予想以上に美味しかったのでモリモリ食べました。お米は再び登場、玄米。

金沢美大の五十嵐先生以外にも、青柳先生という素晴らしいお方がフランスによく遊びに来てくれていた。ナント美大で学生を始めた1年目は本当何にも成果がなくて、とにかく授業について行くのと何より生活をすること(仏語を使うこと)に精一杯であった。そんな中青柳先生がナントまで私に会いに来てくれて、私が相当へこたれている様子を感じ取ったのか
 
「古市さん、今は辛くてもとにかく頑張んなさい。1年で成果なんて出ないって。今は何もなくても、、、そう、10年後!10年後見返してやればいいのよ。」
 
と私を励ましてくれたのだった。
 
当時わたしは冷静に
 
(10年後…???すんごい先だな・・・私どこで何してるんだろ)と思いながらも
 
「頑張ります!」
 
 
と答えたと思うけど、そのときの「10年」という感じはすごく頭に残った。どうしようもない状況にいるとすぐ先のことで精一杯でパンク寸前。けど長いスパンで物事を考えられると、割と落ち着けるというものだ。
 
美術学校を卒業した後、アートと関係ない仕事を5年も続けて生活費を稼ぎながら活動続けられたし、友人らが次々に賞をとったりコンペに通ったりしても「みんなすごいなぁ」と客観的に思うだけだった。
「人と比べてもどうしようもない。私はコツコツ頑張って、青柳先生の言うように10年後どうなるか見てみよう」と思ってた。それでだめならだめ、うまくいけば続けるだけ。
 
 
そしたらあっという間に10年経った。自分が思っていた以上にいろんなところで活動をさせてもらっていて自分でも驚く。青柳先生の言葉のパワーが私を押し上げてくれたし、すごく力になったなと思う。



そういうことを考えながら2時間の運転中、今からの10年後はどうなっているんだろうと考えていた。そのころ私は43歳。どんな作品作ってるんだろ!楽しみだー
 

2020-09-10

兄と再び植物園へ

 今日はなんと再び兄と植物園へ行ってきました。日曜日に行った同じ場所ですが、そのときは野菜畑への立ち入りが禁止になっていたので、リベンジです!
これだけ色んな種類の植物に囲まれていると、自分がどこにいるのかわからなくなる。
笑う自分。
後ろのアロエ(の一種?)の大きさわかりますか??
これ、むかーーーーーしの氷貯蔵用の地下室。冬にシャーベットアイスを作って夏まで保存していたとか。
 
日本のお米があった!

 
 
 
兄のおかげでいろんな植物を知ることができる。名前なんて全然覚えられないし種類とか季節とかなんて全然頭に入ってこないけど、目にはたくさんインプットされている。自然のものがこんなに美しいなんて、今まで知らなかった。でも知れば知るほど、なんで私はアートをやっているんだろうか、と思うことがある。これだけ美しくて面白いものがすでにあるのだから、なぜ今新しいものを作る必要があるのかと。
 
だけど、
私がつくったものを見て何かを感じたり考えてくれたりする人がいる。その人たちのことを考えると、自分にもまだ何か出来るし、もっと人のために何かをしたいと思う。
それは一種のいいわけで、結局自分がやっぱり何かをつくったりすることが好きなのかもしれないけど。つまりは自己満足なのかもしれないけど。
 
 
実は今すごく自分の生活が好きだ。
好きな人たちに囲まれて、好きなことをさせてもらっている。それなりに辛いこともあるが、それを乗り越えようと頑張ることが、またいい刺激をくれる。うまくいかないこともいっぱいあるけど、その度に勉強出来ていろいろ学べるから尚更いい。
 
決して浮かれてないけど、自分がこれだけ幸せでいることに、人に感謝せずにはいられない。私はけっして一人では生きていないし、今まで関わってきた皆さんのお陰でこんなに笑えるのだから。
ありがとう!

 
コルテオ 太陽光発電