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2025-04-18

電車の遅延でホテルに泊まった話

翌朝。
泊まったお部屋でご仕事をして、午後イチでソミュール駅へ。交通の便が悪いのでタクシー(20-30分)が必須。もう駅に着くぞ、というところで携帯に鉄道会社SNCFからメッセージが届く。

「お客様が乗る電車は2時間遅れで出発します」

えええええ


まだフォントヴロー修道院にいた時にメッセージを受けていたら、電車を翌日に切り替えてゆっくりできたけど、今更遅い。
駅の窓口に直行。


その日私はソミュールからリヨン駅へ、そこから乗り換えてトゥーロンへ帰る予定だった
リヨンでは乗り換えに30分しかなかったので、2時間電車が遅れると当たり前だけど乗りたかった電車に乗れない。
そして2時間遅れてリヨンについても、トゥーロン行きの他の電車は「ない」。


窓口のお姉さんに事情を話すとすぐに
「pu****...!!」と
汚い言葉を発し、横にいた同僚に向かって
「2時間遅れだなんて聞いてないし!私あと5分でランチ休憩なんだけど、これから大混雑になるじゃん、マジやってらんない。私は絶対ここ(窓口)閉めるからね!」と、私の真向かいで堂々と不平を。

すぐさま本部?に電話をして遅延の理由を聞き
「ナント↔︎アンジェ間で人身事故だって。飛び降りらしい。」と言い、やっと私の方に向かい直し、対応してくれた。「2時間って言ってるけど、もっとかかるかもしれない。」と付け足した。


何にもないソミュール駅で2時間待つのは大変だったし、そもそも遅れてやってくる電車に乗っても、リヨン駅で2つ目の電車に乗れないなら、別ルートで帰るしかない。
ソミュール→アンジェ→パリ→トゥーロン
に変えてもらって、アンジェまで電車で向かった。

アンジェ駅はもちろん大混雑。
電光掲示板を見ると、あろうことか私が乗りたかったパリ駅行きの電車が「キャンセル」されているではないかーーーーー

終わった。。。私どうしたらええねん。。。
かなりパニックになり、駅の窓口に行くもみんなイライラ・ピリピリしていて冷たい。訳を話すも「なんでアンジェまで来たの?2時間待って元々乗るべきだった電車に乗りなさい」と言われる。

それに乗ってもトゥーロンまで行く電車に乗れないんだよ。。。と説明しても理解してもらえず、もう泣きそうになる。
心の救いであるジョルジュに電話をかけ、ジョルジュ母も一緒になって色々他の方法を考えるも鉄道会社がホテルを用意してくれるはず、という結論に至る。確かに、彼らの責任じゃん。流石にお客をそこら辺の夜の道に置き去りにするはずがない。


電話とかしていたら時間は過ぎていき、やっと私が乗るべきだった電車がやってきた。復興までに2時間半かかったそうだが、後で調べたら日本で人身事故が起こった場合は1時間くらいで路線は復興するらしい。日本やばくないか
電車の中でいろんな人と話したけど仏人はみんな「2時間で路線復興はなかなか早いな」とか言ってたので日本とは本当にレベルが違う!と思った。

車内で一回だけ「皆様に食料品を用意しておりますので、ご希望の方は4号車(バー)までお越しください」と流れた。行くとこんなものが無料でもらえた。(客に取りに来させるあたりがすごくフランスっぽいと思うのは私だけだろうか、日本なら「公平に」全員に配るんじゃないかな。フランスは「欲しい人に」あげる)
中開けたらこんな感じ。
お水、レンズ豆サラダ(ベジタリアン用)、クラッカー、ビスケット、りんごのコンポート、ボンボン(キャンディー)
このストローじゃ全然全部飲めない笑
不味くはないけど、見た目が動物用のご飯みたいだなぁと思った。笑
私の隣の人はナントからこの電車に乗っており、人身事故(飛び降り)が起こってから2時間まるまる電車の中で過ごしていて、疲れ切っていた。


車内で私はかなり緊張していた。
車掌さんが通るとすぐに訳を話す。
「ご安心ください、リヨン駅に近づいたらアナウンスがあるのでそれを逃さないように」
「おそらくマルセイユまで行っていただき、そこで用意されるホテルに泊まっていただくことになると思います。」

実際到着直前で流れたアナウンスではこうだった
「トゥーロンへ行かれる方は今夜の電車はありませんので、SNCFが用意したリヨンのホテルに宿泊いただきます。携帯電話に直接メッセージが届くと思いますのでそこからアクセスしていただき、ホテルの手続きをお願いします」

アナウンスが流れてから、メッセージを待てど待てど全然届かない。


リヨンに着く。
電車を降りて職員に聞くと「窓口へ行ってください」という。

重たいスーツケースを引きずって窓口へ行く。
女性職員を見つけて訳を説明すると

お姉さん「遅延の話は聞いています。あなたの最終目的地がトゥーロンなら、ここリヨンではなくマルセイユまで行って、そこでホテルに泊まるはず」
という。

私「いいえ、アナウンスでは私はリヨンで宿泊する、と言っていました」

お姉さん「そんなはずはない。今からマルセイユ行きの電車が出発するG番線まで行きましょう」

何度説明しても納得してくれないので、行かなきゃいけない。なんで信じてくれない?辛いがクッと堪える。来た道をまた折り返す。重いスーツケース。疲労。。。
ホームに到着、お姉さんが同僚に色々話をする。
私の方を向いて私の事情を説明してくれている。
しばらくしてお姉さんが「ふーむ」と言って戻ってきて一言。

「あなたはリヨンで宿泊だから、窓口に戻りましょう」

ほーーーーら、言ったやんか!!!!😡💢💥💥


まーた長い道を歩き直す。
途中でお姉さんが「ごめんなさいね」と一言謝ってくれたのでちょっと気持ちが軽くなった。ここで謝れないフランス人が大多数なので。

すぐにホテルの用意と、翌朝乗る電車の手配をしてくれた。
私の他にホテル宿泊の人は2人しかいなかった。
そしてまさかの2つ目が渡される!笑
私としては、確かに鉄道会社の対応は良かったとは言えないものの、そもそも遅延は人身事故で鉄道会社のせいではない。ホテルを用意してくれたし、こうして非常食もくれて、私的にはかなり安心・満足であった。
ところが私の隣にいた2人(同じくホテル宿泊者)は口を揃えて「レストランくらい用意してくれてもいいんじゃないか〜?この国は美食の国だぞ」と半分冗談混じりに職員に言っていた。(もちろん笑って受け流されていたけど)

私はこの状況でそんなことを言えるのが単純にすげー!!と思ったし、フランスに16年住んでいるけど、まだまだフランス人から学ぶことたくさんあるなぁと思った。笑
どんな状況でも不平を言い切るその根性。


ホテル到着、とっても立派なホテルだった。
駅から徒歩30秒。
ホーム見える。
広すぎる
熱いシャワーを浴びて、ゆっくりして、非常食セットを食べて
かなりグースカ寝た。
本当に疲れた日だった
週末があんなにも素晴らしかったので、その落差がすごかったぜよ

2024-12-12

ゆるゆる

市内はこんな感じで、山の表情は常に変化し続ける。圧巻です
甘いものを食べたり

そもそもわたしはここへ、プロジェクトのために来たのだった。
某ホテルが改装リニューアルするのだが1階部分に我々6人のアーティストが招待され、作品を設置する。わたしは入り口のサロン?人が待ち合わせや打ち合わせに使う場所に絵をかく。さらに印刷した布を設置する。

このプロジェクトのため 秋、わたしは印刷屋さんに連絡。10月末にシャモニーにいる裁縫師にわたしの絵が印刷された布を届けてもらった。12月わたしが現場に到着して絵を描くまで1ヶ月半あるから、それまでにその裁縫師さんが仕事できるようにと。

で、メールでお願いしていた12月9日、プロジェクトを担当してくれているロレーヌと一緒にホテルにやってきた。そして裁縫師に連絡したら

「今シャモニーにいない、水曜日に布を縫い始めて金曜日には設置できると思う」

え!!!????
一気に身体中の力が抜けた。。。。
シャモニーの人々は結構時間にルーズなのは知っていたけど、仕事でさえもこんなふうにゆるゆるなのかと愕然とした。。
壁画を進めようと思えば進められるのだけど、布がないとバランスが掴めないし他の家具との色の関係もあるから、金曜日まで待つことにした。

謝罪の言葉はまだ一度もいただいていないけど。。。

納まらぬ怒りは、こちらが楽しんで発散するしかない。
Librairie Sauvage
この本屋はジョルジュの友人カップルが経営しており、めちゃくちゃ素敵な本屋である。下にギャラリースペースもある。そこで友人からおすすめされていた本を購入し、同じものをジョルジュにもプレゼントで購入した。
すぐ後で本をジョルジュに渡したら、彼もわたしにプレゼントしてくれた。しかも同じ本屋で買ったものなので同じ包装(笑)二人で爆笑した

2024-12-02

パリへ

次の日、2週間ほど滞在したカーンを後にする。
パリ行きの直通電車があまりにも高額だったので、ローカル線を乗り継いでいくことにした。が!2つ目の電車が削除されたみたいで、車掌さんに別の乗り換えを指示される。結局ルーアンまで行って別の電車に乗り換え、結果予定より1時間半遅れで着いた。。。

雨も降ってるし、とにかく荷物が多過ぎてタクシーに乗ることにした。パリでタクシーに乗るなんてよっぽどないことだからめちゃくちゃ変な感じがした。

そしてサミーとセヴリーヌのお家に着いた。
本来なら荷物を置いてすぐに版画アトリエへ行って作業をするつもりだったけど、あまりに荷物が重過ぎたのか、ここ2週間の疲れがどっと出たからか、版画アトリエに行くのは中止した。その代わり周りをちょっと散歩して、夕方はサミーとセヴリーヌと一緒にご飯を食べた。彼らは翌日日本へ出発する予定になっていたので、日本語の勉強とかも兼ねて。


翌日は美術館とかをまわった
Fondation Cartierで
Olga de Amaral
一度彼女の作品を生で見てみたかった
ここは庭も綺麗です
風が冷たかったので近くのアジア系レストランでフォーを。人がめちゃくちゃ良かった
そのあとはMusée d'art moderneへ。
国公立の美術館は、私はタダで入れる。それはMAISON DES ARTISTES(美術作家協会)に入っている特典であり、私立の美術館や財団とかでも割引が適用されることが多い。
ここでもいつものように証明書を見せると受付の若いお姉さんが
「この証明書は今年1月に発行されたもので古いです。6ヶ月以内に発行されたものはありますか」
というではありませんか。
確か1年以内に発行されたもので良かったはずだけど、ここは違うんだなぁ。。。

私は「探してみます」と言って、メールの履歴を探したり、サイトにアクセスしたりして10分くらい(!)粘ったのだが、なぜかサイトにはアクセス出来ないし適した書類が見つからない。かなり焦る。窓口はガラガラだけど、その人の真向かいで10分間携帯をいじり続ける私。めちゃくちゃ気まずい。


私「申し訳ないのですが、どうしても見つけられません」
お姉さん(めちゃくちゃ嫌そうに)「それでは困ります。。今回は見送りますが、次は気をつけてください。こちらの立場もありますので、分かりますよね?」
(なんでこんな偉そうなん…)
私「すみません」
お姉さん「それで、どの展示を見たいんですか」
私「え、全部ですが」
お姉さん「はぁ〜(ため息)」


え!
ため息!!!
うそやん!
感じわる!!

この彼女の最悪な態度に、久々にめちゃくちゃきれた。
でもここで怒ってはいけない。こんな態度をしながらも一応私をタダで入れてくれるんだから。しかし書類がちょっと(数ヶ月)古いからと言って、これほど頑なに拒む人も珍しい。「上司からもこうしなさいと言われていますんで」とか言ってたけど、誰も監視してないし、よくない?このちょっとだけ古い書類で誰が困るんだろう?他の美術館、全部これでOKだったんだけどな


心がズタボロになったよ…
感じわる。。

展示見たあとコーヒー頼んでむかいで飲んだ。
カフェのお兄さんが「ちょっと多めに入れとくね〜」と言って、少し多めに淹れてくれた。嫌なこともあればいいこともあるね。いい人もいれば嫌な人もいる。
Palais GallieraでStephen Jones!
ここでおピロさんと、おピロさんの友人のゆーぞーさん、そして奥さんのヨリちゃんと合流。彼らの新婚旅行を、おピロさんがコーディネートしてやってきたのだ。
エッフェル塔も一応見た
これはゆーぞーさんの爪。可愛い!!!
ヨリちゃんの職業がネイリストなので、ほんと羨ましい。私もこういう爪したいけど、仕事柄すぐにボロボロになっちゃうからな。。。
そしてヨリちゃんのコミュニケーション能力高過ぎて、ネイリストって確かに喋らなきゃいけないものなぁ〜すごいなぁと感心した。初めて会ったのに、いろんな話ができてめちゃくちゃ楽しかったー!!

みんなでご飯を食べて、久々に日本語で話ができてとても面白かった。
ありがとう!

2024-06-09

シャモニーへ①

 また1週間の放牧してきました。今はもうトゥーロン戻ってきてるので回想です。

今度の行き先はシャモニー!

2009年に一度行ったことあるなぁと思ってブログを遡ったら、あった。
(「山火事、シャーモニー」2009年8月17日)

ちなみにこの記事のコメント欄に、母方のおじいちゃんが一言残してて泣ける。。当時インターネットを使いこなしていた。ブログにコメント残せるじーちゃんってすごかったんだな。


今回、本当は車で行こうと思っていたんだが急遽シャモニーの後ナントに行く用事ができてしまい、電車で行くことに。
トゥーロン駅。
マルセイユで乗り換え。
このローカル線のデザイン好き。



マルセイユからリヨン駅までTGVで来たのはいいのだが、リヨン駅の混みようがすごい。バカンスでもなんでもないのに?火曜日なのに?
ジュネーブ行きのローカル電車をホームで待っていたら、ものすごい人の数。こんなにジュネーブって人気だったっけ?みなさん大きな荷物を持っており、スキーでも行くのかな。
電車が来たと思ったらアナウンス。
「⚪︎番線、電車が通過します」

めちゃくちゃ小さい、2か3車両しかないローカル線がゆっくりやってくる。通過するんだし、これじゃないだろうと見ていると、電車は遠くに停車した。そして同じホームに居た人々が一気にその電車に乗り込み始める。

まず、この電車は通過するだけじゃなかったのか?しかもこの人の数に対してこんな小さな車両、冗談だろう、と私は乗らないぞと見ていた。
しばらく経っても新しい電車は来ない。
人はその電車に乗り続ける。
発射時刻は刻々と近づいてくる。。。


私の乗るべき電車はこれなのか…!!

電車はすでに満員状態。それでも人が押し込んで入ろうとする。私は悩んだ、どうする?押し込んで入る?それとも次の電車待つ?

奇跡的にギリギリで入り込めたはいいものの、廊下もトイレ前も全て至る所に人・人・人!!!おそらく乗車率は200パーセント。フランスでこれほどの満員電車を見たのは、おそらくパリ郊外以来だろう。
暑い、苦しい。
ドアが閉まるも、乗り込めずにホームに投げ出される人もいた。。世紀末!

ドアが閉まってからもなかなか電車は発車せず、蒸し暑い車内。
とその時、例のキリキリ・ザワザワする感覚が押し寄せてきた。

あ、これ、やばいやつ。。


冷や汗が出始める。

例の不安発作というのか、閉所恐怖症というのか、アレが出始める。
(コロナ期間中帰国した際、ホテルで発症したアレ)

やばい、やばい、今なら電車から出られるかも?
でも出ようにも、人が詰まりに詰まっててドアまで近づけない。身動きがとれない。

とにかく気を紛らわせなければ!と思い、イヤホンは忘れていたのだが、自分の好きな曲をめっちゃ小声で歌うことにした。今までの人生のターニングポイントで死ぬほど聴いていたあの曲たち。あれだけ聴いてたから音楽も歌詞もすぐ出てくる。気持ちが紛れる。やがて電車が動き始める。


この冷や汗が出てやたらと心臓がドキドキする発作のような感じが、この後3回くらい(!)やってくることとなった。ちなみにジュネーヴまで2時間。その名の通り地獄であった。ずっと立ちっぱなし、暑い、苦しい。
周りの乗客らは結構普通にしていた。サンドイッチを食べる強者、近くの人とおしゃべりを始めて仲良くなる人、さまざま。これだけしんどい思いをしてたのは私だけだったのか?


やっとジュネーヴに着いて、外の風を感じて、本当に幸せだと思った。



その後バスに乗り換え、

スイスからフランスに再入国。
シャモニー遠いな。。。
でも
トゥーロンからジュネーヴを経由しなければ、おそらくこの倍くらいの時間がかかった。特に待ち時間が長く、電車の数が少ないのが原因だろう。
あたりが段々と山に包まれていく。

そして、やっと着いたー!!!

駅にはロレンヌという、今回私を招待してくれた女性が待ってくれていた。彼女は私より1歳年下だがとてもしっかりしており、時々英語が出る。旦那さんがニュージーランドの出身であり、しかも知らなかったけどシャモニーにはかなりのアングロサクソンがいる。印象で言うならばおそらく人口の半分は英語が母国語ではないだろうか。それほど英語しか聞こえない。
私の電車ストーリーを話すと、本当に信じられないとみんな同情してくれた。
とりあえず無事に着けてよかった。
本当に良かった。

2024-04-30

地面画が終わった

地面画が、今日やっと終了しましたー!!! やっと終わったーーー
ステンシルを作って、またまた子ども達に手伝ってもらった。
上の写真の黒いものは、私がステンシルを使って施した上級編。なかなかいい出来で嬉しかった!
カルメン。自分の手のサイズと、私が描いた恐竜の手のサイズを比べている。かわいい!
いざー!
気温が上がって暑い午後、やっと完成しましたー
 
 
 
すいません、ここからくだらない愚痴になります。
 
今回の地面画、本当に色々あった。
何が一番大変だったかって、「公共の場(屋外)での制作」。
 
雨が降ると仕事ができないので、晴れているときにガガガーと絵を進めなければいけない。わたしは大きなストレス・責任を抱えているし、思った以上にハード。
ところが絵の横をたまたま通りかかった人々は反射的に私に話しかける。そして私の横にぴったりと付いて(30センチとか)、絵を描くのをジロジロ見ている。
 
 
話しかけてくる人の95パーセントは賞賛、私の制作姿を見る人々も興味があって見てるだけ。ただね、絵を描いてるときにひたすら話しかけられて、本当に全然集中できない。
私がもっとプロだったら平然と制作できるんだろうけど、わたしはまだまだひよっこなんです。すいません。さすがにこたえた。
私も、同じ立場だったら絶対興味持って見たいと思う。でも30センチ横にはいかないし、描き手の人が絵を描いてたらこんな気安く話しかけない。まして挨拶もせずに「何を描いてるか説明して」なんて言わない。この数パーセントの人たち(悪い人たちではないのだけど、私がどれだけ苦労しているか気づいてない人たち)のせいで、褒め言葉をかけられても上手く素直に応えられなくなってきた自分にかなり嫌悪感を持った。とても辛かった。
 
 
2度、本当に近くにずっと居座られて集中できなくて
「すみません、あなたがいるので集中できません」と言ったのだけど、2回とも「あぁ、そうですか」と言われて、全然動いてくれなかった。2度目の時は女の子が私の絵を超至近距離で見ていて、母親はその後ろでビデオを撮っていて、私の発言にも関わらずビデオを撮り続け、何も言わずに動かなかった。
さすがにしびれを切らして
「すいません、制作が進まないので他の絵の部分を見にいってくれませんか」 
と言ったら、子供を促して「さぁあっちにいくわよ」と言っただけだった。

 
そして90パーセントの人が何も言わずに勝手に私の写真やビデオを撮る。簡単に声かけしてくれる人もいて親切な人もいるんだけど。
 
私は動物園のパンダみたいだなと思った。
 
 
一番きつかったこと。
制作も大詰めのとき、5歳くらいの男の子にいきなりひどい罵り言葉を言われた。バカにしたように笑った顔で。おそらく私を挑発したかったんだと思う。
 
周りにいたギャラリーもかなり驚いていたし、私はショックで思わず顔をあげた。真顔になって「自分の言っている意味わかってる?そんなことを言うべきではない」と返した。横にいた母親らしき女性は少しだけ慌てた様子でこちらを呆然と見ていた。私はその人を見て目で(マジでありえないんですが)と合図したら
「あ、あなたの反応が面白かっただけじゃないかしら…ははは」みたいなことを言って、気まずそうにどっかへ行った。謝りもしなかった。
 
私のせいなの?
 
そんなわけないじゃん、ここ2週間ずっと絵を描いているけど、誰一人にもこんなひどいこと言われたことない。
大人なら自分の子どもを叱りなさいよ。
そのあと博物館のスタッフらとこの話をして少し救われた。
たった5歳くらいの男の子の言葉の凶器で私の心はズタズタに傷ついた。一刻も早くこの絵を終わらせてこの街を去りたいと思った。
 
絵を地面に描くのは身体的に疲れることだが、絵を描くことはとにかく楽しいのでいくらでもできる。ただこれだけ自分の存在が軽く扱われる経験をしたことがなく(ひどいのは、一般の人は全然そんな気がないということだ)、賞賛を受け続ける反面こんなに心が傷つけられたのは初めてだった。

 
今まで屋外で壁画を描いてきたけど、今回は特に
市民との距離が近いこと、
市民が私を見下ろす形になること、
そして何より大きな地方都市の中心地であることでとても苦労しました。多いときはおそらく20人以上の人が私の横で制作する姿を見ていたから。人通りが多かった。興味を持ってくれることは本来なら素晴らしくありがたいことなのにね。私はおそらく心が病んでいたね。。。
 
 
次やるときは注意事項を書いた紙でも張っておこうかな
「制作中なので話しかけないでください」とか。それかヘッドフォンしちゃおうかな。
 
 
しばらくそっとしておいてほしい。
私は絵を描くのが好きなただの1人間であって、エンターテイナーでもなければ神様でも仏様でもない。
 
疲れたけど、絵が終わったのでゆっくり休みます。 
休んで、早く心が元気になるといいな
 
コルテオ 太陽光発電