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2025-07-30

日没、父の馬など

 ボルドー市内の公園を散歩。
最高気温は27度くらいなので暑すぎず、過ごしやすい。

ドルドーニュ川沿で日没を拝む。
手は白鳥をイメージ
フィンランドの夕日を思い出してちょっと胸がキュンとなった。みんな元気かなぁ

別の日、écurie厩(きゆう)舎へ、ジョルジュ父のお馬を見に行った。
着いたら颯爽と馬に乗ったジョルジュ父が現れ、王子様みたいだった。笑
馬に乗る父とその息子。

馬になんて乗ったことないし、怖くてそんな簡単に乗りたいとは思わない。が、近くで見る馬はめちゃくちゃ美しかった。。。フランスは乗馬する人の割合が多い。
馬の所有者はジョルジュ父だが、基本的なお世話は厩(きゆう)舎の方がする。

普段は乗馬を習いにくる子どもたちなどがこの馬に乗るそう。ジョルジュ父はこうして時々来て馬に乗って馬と対話し、楽しんでいる。乗馬は昔から大好きだそうで、馬の話をするジョルジュ父はキラキラしている。

2025-07-25

とにかく休む。

ガロンヌ川
広い!
コーヒー牛乳みたい!
ボルドーに来た翌日、電池が切れたみたいに寝た。

朝食を食べてすぐに眠くなり朝寝を、
昼食食べてからすぐに昼寝を、
おやつを食べてからちょっと昼寝2を、
夕食を終えたらまた眠くなって夕寝を。

自分でも驚くぐらい1日中眠っていた。どうしたものかと驚いた。どこかが痛いわけでも熱があるわけでもない。
おそらく、フィンランドに出発した時から続いていた緊張が、一気に解けたのかと思った。体が自然と「マキコ、イイカゲン、ヤスメ!」と訴えていたのかもしれん。



その翌日から眠気は治ったが、それでもお言葉に甘えてとにかく休みまくっている。
本を読んだりルービックキューブしたり、プール入ったり走ったり映画見たり。ジョルジュ母とジョルジュといろんな話をしたり、彼らの昔のホームビデオを見たり。

ジョルジュとボルドー市内へ
ものすごく久しぶりに昼からスピリッツを飲んだら気持ちよく酔っ払ったー。ジョルジュは運転があるのでコーラ。
5週間のフィンランド滞在に加え1週間強のベルギー滞在、そしてフォントヴロー。合計2ヶ月間ジョルジュに会わなかった。本来なら彼はフィンランドに一緒に来る予定であったが、来なかった。仕事があったというのが1番の理由だが、2つ目の理由に「牧子の貴重な経験(冒険」)を邪魔したくなかった」というのがある。

もし彼がきていたら、わたしは常に彼と行動を共にして、現地のスタッフの皆さんと触れあう機会は少なくなっただろう。ジョルジュは英語バイリンガルなので、伝わらないことがあればジョルジュに頼っていただろう。何をするにも二人。一人で知らない人々の輪にエィ!と入っていくあの勇気を出さずに、そのまま何となく「楽しかった」で終わっていただろう。
そしてそもそも、彼が来ていたらわたしは心の底からレジデンスを楽しめなかったかも。彼に素敵な時間を過ごしてほしいという思いから、自分の制作をおろそかにして集中できなかったかも。

フィンランドの人々はみんな口を揃えて
「なんで彼氏来ないの?」と逆に不思議がっていたけど。



こんな大きいトトロがボルドーにあったよ!
このラーメン屋さん?今度試してみようー

ジョルジュ母のおうちは本当に快適。
ミネット。

2025-04-18

ジョルジュの祖父母

翌日。
(スタッフの皆さんからチョコレートいただいた!ありがとう!!)
寝不足と軽い二日酔いの頭をかかえ、鋳造所の社長夫妻とコーヒーを飲む。また近いうちに遊びに行くね、と言ってバイバイ。アーティストたちもみんなそれぞれの方向に帰ってしまった。

私とジョルジュはフォントヴロー周辺で行かなければいけないところがあった。それはジョルジュのおじいちゃんおばあちゃんのお墓参りだった。
フランスでは日本のように頻繁にお墓参りをする文化はない(私の周りだけかもしれないけど)。びっくりしたのが「先祖のお墓がどこか知らない」という人に何人か会ったことがある。

私は日本に帰れば必ず古市家のお墓に行くし、それが普通だと思っている。(小澤家には長いこと行ってないね、ごめんね。)自分がここに存在するのはご先祖の皆様がいてくれたから少しでものお礼である。帰った時くらい感謝の一言でも言わないと、なんだか申し訳ないなと思っているから。彼が金沢に来てくれた時一緒にお墓に来てくれたので、私も是非訪れたいと思っていた。
ジョルジュは10年ぶりに訪れた。

お墓に行ったついでに、祖父母が住んでいた家(今はもう持ち主が変わっている)を見に行ったら、道路から見える限り何も変わっていなくてジョルジュはすごくしんみりしていた。いろんな思い出が詰まっているよね。。。

そしておじいちゃんの名前(同じくジョルジュ!)の名前がつけられた道にも行ってきた。とある町の長だったおじいちゃんはめちゃくちゃ町民に愛されていたらしい。
フォントヴローから車で15分ほど。
ジョルジュのお母さんの生まれ故郷からこんなに近いところに、私は数年前長い間滞在していたし、いろんなプロジェクトに携わった。不思議。あとからジョルジュ母に聞いた話だが、ジョルジュ祖父はナチス時代、当時刑務所だったフォントヴロー修道院に短期間収監されていたこともあったらしく、ジョルジュと仕切りに「本当に不思議なご縁だ」と何回も話した。
いろんなことが繋がっていて本当に不思議。


そのあとは修道院に戻って、敷地の周りを散歩。
こんな遠いところまで歩いてきた。
すごく気持ちがよかったー
戻ってきて敷地内を歩く

そして彼はボルドーに帰って行った。
私は誰もいないフォントヴローにひとりぼっち。私を成長させてくれたかけがえのない場所、とても感謝している。

大きなプロジェクトも終わったし本当に寂しくて悲しかった。
だけど実は冬にまた別の仕事を提案されて戻ってくるんだけどねー

2025-01-11

年末

ジョルジュにも買ったヤソグTシャツ、めちゃくちゃ似合っておる。
久々に来た兼六園も本当に素晴らしかった。
雪が降ってくれればなおよかったんだけど、贅沢は言えないね
右上に見えるのが、金沢名物の傘、というものでございます笑
あんなに青空だったのにものの数分で土砂降りに。
撮ってもらった
長町武家屋敷跡なんて、おそらく10年以上ぶりでは
その後はひがし茶屋街へ。
31日大晦日は私の実家でみんなでご飯。
東京から兄夫婦と彼らの娘ちゃんたちも来て、賑やかなひと時となりました。

ジョルジュは今回の来日でおそらく総重量60 -70kgほどの荷物を持ってきた。
雪山へ遠征に行くのでそれなりの準備が必要で、プロ仕様の寝袋やガウン、手袋や後は絵の仕事道具など、見たこともないくらい大きなカバンを抱えて金沢にたどり着いた。そんな中、手にラデュレ(マカロンのお店)の袋をちょこんと持っていて私は彼に聞いた「なんそれ?」と。
「古市家のみなさんへマカロン持ってきたよ」
まじでー
中も壊れてないし、ものすごく誇らしげであった。
すごく美味しかったね〜ありがとう。家族の皆さんがめちゃくちゃ喜んでいたの見て、今度日本に帰ってくるときはこれを買って帰ろうと思います。

ちなみに私の兄は英語ができるので(研究者だし)、ジョルジュと英語で何やら仕事の話などをしていた。それを見て単純にすごく安心だなーと思った。二人ともアメリカに滞在経験があるし、そういうのも話しやすかったんかな。

2025-01-03

別府2

やっぱり最高だ、この街。
敬語使わないし、本当に誰もかもみんな話しやすい。
タクシーのおじさんは話に夢中で、とにかく地獄めぐりを勧めてきたけど結局いかなかった。別府に来る人はみんなお風呂に入ってゆっくりするのが目的。金沢に来る観光客と全然客層が違うよね。
竹瓦温泉にも行きました。本当は砂湯をしたかったけどすごく人気で2時間待ちとかだったから。


2泊目は駅近くのホテル人泊まったけど、なかなか温泉良かったぞ。これでもか!というくらい温泉に入りました。夜はそこらへんで3人で飲もう、とお店を探したけどどこもいっぱい。なんとか1件見つけてラッキーでした。昼間はあんなにシーンとしているのに、夜は若い人でたっくさん。


やっぱり草木が大好きな両親。


そういえばこれ、別府から金沢駅への片道で3人分でこんなにたくさんの切符。
面白い絵
手湯、混浴!笑
あぁ楽しかったし、お風呂がどこも最高でしたー!
遠いところへの旅だったけど、一緒に行ってくれてありがとうねお父さんお母さん。
 
コルテオ 太陽光発電