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2025-08-10

ボルドーからトゥーロンへ ジェラール

ボルドーで1日過ごして、

翌日荷物を車に詰め込んでトゥーロンへ出発した! 
コーヒー休憩
途中ジョルジュの知り合いのジェラールさんのお家へ寄った。
彼はアフリカとフランスのお家2拠点で生活している。アフリカの様々な土地に水を引く仕事をしている。もう定年退職していてもおかしくない年齢でありながら、彼から感じるエネルギーは凄まじく力強い。。。ジョルジュ母がとうの昔アフリカでボランティア活動をしていた時のパートナーだった人で、当時の昔話などを聞く。いろんな無茶をやっていた人で、面白い話が出てくる出てくる。世の中には本当にいろんな人がいるもんだ
コンゴから来ていた彼の知り合いの人らもおり、いろんな話を聞けた。面白かったー


お昼ご飯をいただいて、その後トゥーロンへ走った。
そしておよそ2ヶ月ぶりに私はやっと自宅に辿り着きました〜
懐かしい自分のアパートーーーーただいま〜

2025-05-29

田舎からパリへ

週末は田舎で一人ゆっくり過ごした。
久々に雨が降ったので、乾いた地面が嬉しそうだった。


今わたしの一番贅沢だと思う過ごし方、昼下がりに自然いっぱいの屋外で本を読むこと。
月曜日は町の小学校へ行って、日本とか自分の作品の話とか。全校生徒が30人とかの小さな学校だ。プロジェクターの質が悪すぎて自分の作品を全然よく見せられなかったーちょっと不完全燃焼だけど、日本に関してみんな興味津々で面白かったのでそれはそれでよしとする。
漫画やアニメの浸透が凄すぎて、こんなにポピュラーな国って他にあるか?と改めて唸った。

その後電車に乗って田舎とはバイバイしたのだけど、一つ目の電車は30分遅れるし、そのせいで2本目の電車に乗れなくて結局1時間遅れでパリに到着。
リール駅。
2本目の電車に乗り込んだはいいものの、出発前に駅員さんがやってきて「皆さん全荷物を持って、一度電車の外に出てください」と言われる。持ち主不明の鞄が見つかったので、一応チェックするのだとか。どんなふうにチェックするのかなーと思ったけど、結局は警察犬だった。こんなに機械やAIやらが発展しているのに、こういう時一番頼るのは犬なんだ!と感心した。
無事パリに到着ー
シャチョー家族の家に泊まりました。

2025-04-18

電車の遅延でホテルに泊まった話

翌朝。
泊まったお部屋でご仕事をして、午後イチでソミュール駅へ。交通の便が悪いのでタクシー(20-30分)が必須。もう駅に着くぞ、というところで携帯に鉄道会社SNCFからメッセージが届く。

「お客様が乗る電車は2時間遅れで出発します」

えええええ


まだフォントヴロー修道院にいた時にメッセージを受けていたら、電車を翌日に切り替えてゆっくりできたけど、今更遅い。
駅の窓口に直行。


その日私はソミュールからリヨン駅へ、そこから乗り換えてトゥーロンへ帰る予定だった
リヨンでは乗り換えに30分しかなかったので、2時間電車が遅れると当たり前だけど乗りたかった電車に乗れない。
そして2時間遅れてリヨンについても、トゥーロン行きの他の電車は「ない」。


窓口のお姉さんに事情を話すとすぐに
「pu****...!!」と
汚い言葉を発し、横にいた同僚に向かって
「2時間遅れだなんて聞いてないし!私あと5分でランチ休憩なんだけど、これから大混雑になるじゃん、マジやってらんない。私は絶対ここ(窓口)閉めるからね!」と、私の真向かいで堂々と不平を。

すぐさま本部?に電話をして遅延の理由を聞き
「ナント↔︎アンジェ間で人身事故だって。飛び降りらしい。」と言い、やっと私の方に向かい直し、対応してくれた。「2時間って言ってるけど、もっとかかるかもしれない。」と付け足した。


何にもないソミュール駅で2時間待つのは大変だったし、そもそも遅れてやってくる電車に乗っても、リヨン駅で2つ目の電車に乗れないなら、別ルートで帰るしかない。
ソミュール→アンジェ→パリ→トゥーロン
に変えてもらって、アンジェまで電車で向かった。

アンジェ駅はもちろん大混雑。
電光掲示板を見ると、あろうことか私が乗りたかったパリ駅行きの電車が「キャンセル」されているではないかーーーーー

終わった。。。私どうしたらええねん。。。
かなりパニックになり、駅の窓口に行くもみんなイライラ・ピリピリしていて冷たい。訳を話すも「なんでアンジェまで来たの?2時間待って元々乗るべきだった電車に乗りなさい」と言われる。

それに乗ってもトゥーロンまで行く電車に乗れないんだよ。。。と説明しても理解してもらえず、もう泣きそうになる。
心の救いであるジョルジュに電話をかけ、ジョルジュ母も一緒になって色々他の方法を考えるも鉄道会社がホテルを用意してくれるはず、という結論に至る。確かに、彼らの責任じゃん。流石にお客をそこら辺の夜の道に置き去りにするはずがない。


電話とかしていたら時間は過ぎていき、やっと私が乗るべきだった電車がやってきた。復興までに2時間半かかったそうだが、後で調べたら日本で人身事故が起こった場合は1時間くらいで路線は復興するらしい。日本やばくないか
電車の中でいろんな人と話したけど仏人はみんな「2時間で路線復興はなかなか早いな」とか言ってたので日本とは本当にレベルが違う!と思った。

車内で一回だけ「皆様に食料品を用意しておりますので、ご希望の方は4号車(バー)までお越しください」と流れた。行くとこんなものが無料でもらえた。(客に取りに来させるあたりがすごくフランスっぽいと思うのは私だけだろうか、日本なら「公平に」全員に配るんじゃないかな。フランスは「欲しい人に」あげる)
中開けたらこんな感じ。
お水、レンズ豆サラダ(ベジタリアン用)、クラッカー、ビスケット、りんごのコンポート、ボンボン(キャンディー)
このストローじゃ全然全部飲めない笑
不味くはないけど、見た目が動物用のご飯みたいだなぁと思った。笑
私の隣の人はナントからこの電車に乗っており、人身事故(飛び降り)が起こってから2時間まるまる電車の中で過ごしていて、疲れ切っていた。


車内で私はかなり緊張していた。
車掌さんが通るとすぐに訳を話す。
「ご安心ください、リヨン駅に近づいたらアナウンスがあるのでそれを逃さないように」
「おそらくマルセイユまで行っていただき、そこで用意されるホテルに泊まっていただくことになると思います。」

実際到着直前で流れたアナウンスではこうだった
「トゥーロンへ行かれる方は今夜の電車はありませんので、SNCFが用意したリヨンのホテルに宿泊いただきます。携帯電話に直接メッセージが届くと思いますのでそこからアクセスしていただき、ホテルの手続きをお願いします」

アナウンスが流れてから、メッセージを待てど待てど全然届かない。


リヨンに着く。
電車を降りて職員に聞くと「窓口へ行ってください」という。

重たいスーツケースを引きずって窓口へ行く。
女性職員を見つけて訳を説明すると

お姉さん「遅延の話は聞いています。あなたの最終目的地がトゥーロンなら、ここリヨンではなくマルセイユまで行って、そこでホテルに泊まるはず」
という。

私「いいえ、アナウンスでは私はリヨンで宿泊する、と言っていました」

お姉さん「そんなはずはない。今からマルセイユ行きの電車が出発するG番線まで行きましょう」

何度説明しても納得してくれないので、行かなきゃいけない。なんで信じてくれない?辛いがクッと堪える。来た道をまた折り返す。重いスーツケース。疲労。。。
ホームに到着、お姉さんが同僚に色々話をする。
私の方を向いて私の事情を説明してくれている。
しばらくしてお姉さんが「ふーむ」と言って戻ってきて一言。

「あなたはリヨンで宿泊だから、窓口に戻りましょう」

ほーーーーら、言ったやんか!!!!😡💢💥💥


まーた長い道を歩き直す。
途中でお姉さんが「ごめんなさいね」と一言謝ってくれたのでちょっと気持ちが軽くなった。ここで謝れないフランス人が大多数なので。

すぐにホテルの用意と、翌朝乗る電車の手配をしてくれた。
私の他にホテル宿泊の人は2人しかいなかった。
そしてまさかの2つ目が渡される!笑
私としては、確かに鉄道会社の対応は良かったとは言えないものの、そもそも遅延は人身事故で鉄道会社のせいではない。ホテルを用意してくれたし、こうして非常食もくれて、私的にはかなり安心・満足であった。
ところが私の隣にいた2人(同じくホテル宿泊者)は口を揃えて「レストランくらい用意してくれてもいいんじゃないか〜?この国は美食の国だぞ」と半分冗談混じりに職員に言っていた。(もちろん笑って受け流されていたけど)

私はこの状況でそんなことを言えるのが単純にすげー!!と思ったし、フランスに16年住んでいるけど、まだまだフランス人から学ぶことたくさんあるなぁと思った。笑
どんな状況でも不平を言い切るその根性。


ホテル到着、とっても立派なホテルだった。
駅から徒歩30秒。
ホーム見える。
広すぎる
熱いシャワーを浴びて、ゆっくりして、非常食セットを食べて
かなりグースカ寝た。
本当に疲れた日だった
週末があんなにも素晴らしかったので、その落差がすごかったぜよ

2025-03-22

レマン湖を見て

私がシャモニーから帰る前日、ジョルジュのお父さんに会いに行った。
お父さんはパートナーの方と一緒にレマン湖の横にある彼らの友人宅に遊びにきていた。私が彼に会うのは2回目だが、パートナーの女性に会うのは初めてだ。緊張する!

車で1時間半。
ずっと絶景が続くよ
着いたー!
この日は火曜日だったのだが、村のレストランはすべて閉まっており、スキー場の上まで行かないと何もなかった。のでリフトで登ります!
キレー!!
レマン湖が見える。なんて美しいんだ
シーズンからちょっと外れているからか、滑っている人本当に少なかった。スキーしないけど、こんなに誰もいないならちょっと滑ってみたい、と思った。
この日夕方に用事があった私とジョルジュ。しかもジョルジュ父のパートナーの方は少し風邪気味で体調がすぐれなかったので、ランチのあと早々と帰ってきました。


緊張したけど本当に楽しいひとときで、天気も良くとにかく素晴らしかった。帰る時間になってジョルジュが「そろそろ行かなきゃ」と言うと「え、もう・・・」と私も含め他3人がしょんぼりしてしまい、それもすごく印象に残っている。もう少し一緒にいたかった。

次はボルドーで会いましょう!といい、バイバイ。



帰り道

翌日トゥーロンに出発。
朝5時起き。眠い
ジョルジュといったんバイバイだけど、来週今度はパリで会うから大丈夫。
ここまでおよそ2時間。
そして1時間まち。
彼が持たせてくれたクレープを頬張る。
リヨンで2時間半待ち。
すごく便利なのは駅前に大きな商業センターがあり、なんでも食べられるしなんでも手に入る(無印やユニクロがある…トゥーロンにはない。)しかも駅前の図書館で本が読める。2時間半あっという間だった
そして帰ってきた。
距離的にはそんなに遠くないのに、電車だと一気に遠くなる。車より時間かかった。

2025-02-22

フランス縦断その2(ブルゴーニュからトゥーロン)

ブルゴーニュ地方の宿。こんな大きな家に、宿泊客は私一人でした。
自分の車がモノで溢れていたのでなるべく治安の良い場所に泊まりたかったのと(車上荒らしとかもあるからね)、ブルゴーニュ地方の風景をみてみたかったのでここにした。ここからトゥーロンは大体5時間半の距離。
あまりに夜が静かすぎてちょっと怖かったけど、かなりぐっすり眠れましたー

翌朝7時半過ぎに出発。

写真じゃ全然伝わらないけど、うっすら霧がかかっていて天気も良くかなり幻想的でした。ほんっとうに美しかった。。。運転しながらちょっと泣きそうになった。
結局2時間半ほど運転して、ジョルジュと某サービスエリアで待ち合わせをした!
やほーーー久しぶり!
(毎日電話してたので実際久々に会っても全然懐かしい感じしなかったけど)

彼は前夜シャモニーを車で出発し、リヨンに住む友人宅に泊まった。今朝わたしより遅くにリヨンを出発、こうして時間調整をして1ヶ月半ぶりに会うことができましたー!嬉しい嬉しい😊一緒にコーヒーを飲んで一通り話しした後、それぞれ車に乗ってトゥーロンを目指す。1度またサービスエリアで落ち合って食事。結局5分差でトゥーロンの私の家に到着した。



久しぶりの我が家!プラス、ジョルジュ!
嬉しいけど、2日間かけて運転しまくったのでクタクターーこの日はとにかく休んだ。

全部で1100kmほど。
こんな小さくて古い車でよくこんな長距離を走るね、と言われるんだけど、確かに小さいけど機能的で小回りも効くし問題ない。確かに時速120km超えるとちょっとつらそうなので(ブルブル震え出す)いつもそれ以下で走るけど。(フランスの高速道路の制限速度は時速130kmでそれ以外の車専用道路では時速110km)

無事何事もなく任務完了で、安心しましたー!
ありがとう。

2025-02-20

車でフランス縦断(まずはカーンからパリ)

早朝カーン。
ちなみに余談ですがカーンCAENって、フランス語で発音するとむしろ「コン」に近い。


あの奇抜装飾されたホテルで朝食を。
出発前日、搬出を手伝ってくれたスタッフの人に言われた。
「牧子明日パリにいくんだよね?高速道路A14とA13は、ついこの数ヶ月前から完全に料金所がなくなって、インターネットで払うシステムだから気をつけて!」

え?そうなん?全然知らんかったー!!!
調べると、料金所がないので自動で車のナンバーをチェックされ、後払いするシステムらしい。ETCシステム搭載してたら別だけど、もちろん私は持ってない。


パリとカーン(ノルマンディー地方)を結ぶ高速道路A14及びA13で料金所が全廃される。
https://www.parisettoi.fr/news/20231113-002/

カーンを朝7時半に出発。
高速道路に入る手前からそこらじゅうに標識『SANEFで支払いを』が掲げられている。私みたいに全然知らずに高速道路乗ってる人たくさんいるだろうなー。ネットでのシステムも知ってないと困るよね。


そんなこんなで3時間パリまで。
意外と渋滞にも遭わず。今バカンスシーズンだからかな?
運転中だったので写真はないけどエッフェル塔がついに目の前に現れた時にはそれなりに感激しました!!!パリで自分の車を運転するなんて、ずっと避けてたけど今回はやむを得ず。怖いけどずっと挑戦してみたかったこと。


やっとギャラリーついたー
マレ地区なのでかなり中心地。こんなところに自分の車でたどり着いたなんてかなり衝撃だ。スタッフのみんなが温かく迎えてくれる。ホッとした〜
コーヒーとシュケットいただく。
その後は2年ほど私の絵を預かってくれていた友人宅へ。ここもパリの中心地。
パリ市内の運転は、思ったよりもスムーズに行きました。最初はかなりビビっていたのだけど、前後ろ左右、確認を怠らず丁寧に運転を心がけて無事何事もなく。
午前中だったからか、宅配とか?で、そこらじゅう一時駐車している車が多く、2車線だけど1車線みたいなところばっかり。
歩行者も多過ぎ、車も多過ぎ、情報多過ぎてとにかくカオス。


友人宅に到着、大きな絵画その他諸々全て車に詰め込む。
あまりにギリギリに詰め込めたので、写真撮ってくれた。それにしても小さすぎる私の車。

駐車場がないので一時路駐したけど、友人のパートナーの人が言った「大丈夫大丈夫、今世間はバカンスシーズンだし、チェッカー(コントローラー?)もみんな休んでるはずだよ」の一言がものすごく心強い。実際パリ市内どこも一時駐車ばかり、他の車がちゃんと通れればいい・短い時間ならいい、という感じがする。
これも全部運次第、結局コーヒーをいただいて談話して、ドキドキしながら車をとりにいったら何事もなく。よかったです!


その後は3ー4時間かけてリヨン近くの安宿へ。
なのでこの日は結局8時間ほど運転しました。
8時間一気に走り切るのではなく パリに寄って友人らに会ったので(楽しかったので)そんな長い間運転した感覚はしなかったけど。

意外となんとかなるもんだ。
無事に縦断計画・前半戦終了!

2025-01-20

羽田からパリへ そしてトゥーロン

翌朝無事羽田から出発。
空港でANAの人に英語で話しかけられる笑。(今回滞在中本当に多かった、私おそらく他のアジアの国の人だと思われるっぽい。服装か髪型か。なんだろうね、別にそれでいいんだけどね〜)

今回は金沢から羽田空港のクロネコにスーツケースを送っていたので、都会での移動が楽ちんでした。
14時間のフライト。
一番後ろの2列席の通路側をゲットした。すごく楽でよかった。
今回の行きもそうだったけど、横に座ってた人が14時間一度たりとも席を立たなかった。私は何度も動かないとダメなタイプで、3列の真ん中に当たってしまう日には吐いてしまうくらい気ぃ使いなのだが。
私は2時間に一度くらいトイレに立ったりストレッチしていたので、私の横に座っていた人(日本人男性だったと思うけど)は何度も席を立つチャンスがあったはずなのに。。。単純に、すごい。尊敬しちゃう
無事帰ってきたーーーー
出口にはなんとナントのギャラリーのエヴァが私を待ってくれていたのです。シャルル・ド・ゴール空港で誰かが私を待ってくれているなんて、おそらくフランスに来て初めて。今回は出発前夜に横山さん・宮澤さんが一緒にいてくれたし、フランスについてすぐにエヴァに会えて本当に豪華だった。エヴァは別件でたまたま空港にいたので、かなりミラクル。
ありがとう😍
ついた足で近くホテルのカフェに行き、彼女と3月の横山ダブル展示について会議。


私は空港近くの安ホテルをとっていたのでそこで一泊し、エヴァはナントへ電車で帰って行きました〜
翌朝私は電車でトゥーロンに戻りました。
久しぶりの家ー!!!!
💞💞💞
その翌日にはアトリエに行き、レオとピエールと再開。レオは大きな展示を控えているのでクタクタ。アシスタントのピエールは割と元気そう。
あぁ、楽しい楽しい日本滞在はこうして幕を閉じたのでしたー(ジョルジュは北海道の極寒にまだまだいるけど)
それにしてもめちゃくちゃ楽しかったなぁーーーー
 
コルテオ 太陽光発電