2020-01-12

日本⑨

本当は東京に滞在する予定がなかったのですが、ゆいちゃんがわざわざ声をかけてくれて半日滞在することにしました。

それをまるで知っていたかのように、フランスの某ミニ出版社のシャチョーが「牧子、これ買ってきて」とおつかいを頼んできたので、その任務もかねて、今回は世田谷区に。
なに、世田谷って名前だけで緊張する。。

H TOKYO
https://htokyo.com/
しゃれおつなハンカチやさん。
ここで1か月ほど前 横山裕一さんのフェアがやっており、カセットテープの販売がされていたのです。シャチョーに頼まれた私はお店にわざわざ連絡をして、今度日本に帰るときこのカセットテープを買いたいので取り置きをお願いしたのでした。

思いの外めっちゃある!
段ボールにびっちりと!この中から8個選ぶなんて無理…
ほとんど洋楽でしたが、中には矢野顕子さんや細野晴臣さん、そしてなぜかマタイ受難曲?もあり。あとで横山さん本人に連絡したら、音楽は実はあんまり聞かないんだと。

お店の方がものすごく親切な方で。
世田谷の名に恐れおののいていた私は、彼女の暖かい雰囲気にかなり助けられました。ありがとうございました〜


お土産と自分用に横山さんのハンカチも買って(どんだけ好きなんだ)、ゆいちゃんとさえPのお家にすぐ引き返しました。
本当は東京に住むアンコちゃんとかナヌークとかコンタンとかおひあなくんとか、あとは今出産後で忙しくて会えないのはわかってるけどタイくんちゃんミサにも会いたかったーーーーー!!田端の実家(笑)にも行けなかったし。他にも高校や大学の友達で会いたい人たくさんいたんだけど。。。
けど今回東京のあまりの人の多さと、最近の日本の情勢にひどく疲れており、自分がもっと元気な状態でみんなに会いたいと思った。



実は今年の11月に田端の実家、Wish Less Galleryでジョンと展示することになっているので、また日本来ます。もうそういう予定が入っているから、今回もあんまり寂しくなくフランスに戻ってこれたよ。




人に電車に酔い、やっとゆいちゃんさえP宅に着く。
もう自分でも驚くほど疲れており、ゆいちゃんには申し訳ないがスーパーで買ったものを夕食に。彼女はその日大分から9時間ほどかけて東京に戻ってきたので、さすがに何かを作ってとお願いするわけにはいかなかった。(自分が何か作れって感じですが笑)(ゆいちゃん餃子焼いてくれたけど。そして私が好きな納豆を使って卵焼き作ってくれたけど)ありがとうね。
さえPには昼間少し会えただけだけど、久々に会えて嬉しかった😚彼女にもいろいろ朗報があって、それを聞いて思わずガッツポーズしました。おめでとう!


新婚のゆいちゃん(ヒューヒュー!)は、秋くらいにドイツに移住予定だ。夫であるノリユキがドイツで作家活動をしており、私はまたドイツに遊びに行く気満々である。一人で勝手にすんごい楽しみにしている。





そうだよ、だめだよ




2020-01-11

日本⑧

今回はたった半日だけ(といっても数時間だけ)、冷やかし程度に金沢市の中心地をブラブラしました。
いろんな建物がなくなっていたりお店が潰れて新しくなっていたり、毎回驚く。今回は柿の木畠のうつのみや書店があったあの建物が取り壊されていたことに一番驚いたかな。いろいろ買い物をして、そして私の好きな路線バスに乗って帰った。誕生から大学まで地元で過ごした私は、割と全て実家から近い学校に通っていたので、バスに乗ることがほとんどありませんでした。だからバスは今でも自分にとって特別感ある。

日本の路線バスはめちゃくちゃ狭い。そして自分より背の低い人がたくさんいてびっくりする。(私は165㎝)フランスにいると、私は必ずしも背の大きい部類に入る人間ではないから。


自転車の描写が細密。


これ前回載せ忘れたけど、姪っ子ちゃんのナイスな座り方 オン・マイ・足ー!




あっという間に時間はすぎて、新幹線で東京へ向かいました。
出発が朝早かったので、母にお願いして朝食用のおにぎりをつくってもらった🍙🍙のに!それを家に忘れてしまった😭
せっかく作ってもらったのでものすごく申し訳ない気持ちと、単純に大好きな母のおにぎりが食べられなくて悲しかった。。。結局コンビニのおにぎりを食べたんだけど、やっぱ違う。
次は気をつけます。

日本⑦

姪っ子ちゃん①は今6歳。
マイブームはマリオである。
彼女の年ごろならばきっとプリキュアだとかアナ雪とかが一番に来るのがいわゆる「普通」なのではなかろうか。
しかし彼女は断固として「マリオ押し」なのである。
その気持ちの緩がなさが、たまらなくカッコイイ。(とおばさんは思うよ)

マリオの絵を描いてーと言われ、マリオの百科事典てきなものを見せてくれた。見よう見まねで描くよ。
下書きをしていたんじゃ時間がかかるし、思い切ってボールペンで一気に描く。このくらい朝飯前だぜ!こんなんでいいのならいくらでも描きます。



横では父が、彼女のために発泡スチロールでマリオの顔を作っていた。それがあまりにシュールすぎて、今でも問題なくそのマリオの姿を思い出しながら思い出し笑い出来るレベルである。
なんなんだ、この首なしつるつるマリオ(笑)(乾かし中)
髪の毛は難解なので無し。
ツルマリオになったーって、みんなで(っていうか私が一人で?)笑った。

彼女が父に教えてもらいながら作った麦わら帽子とともに。笑
あぁ今でも笑えてくる…


今度会ったときに彼女のマリオ熱がどうなっているか注目です。



今回、6歳の彼女もそうだけど、4歳の姪っ子ちゃん②ともだいぶ会話が出来た。それが面白くって、だいぶ楽しませてもらいました。
今回気をつけたことは、彼女たちを子供扱いしないこと。一人の人間として彼女たちと触れ合うと、いろんなことがスムーズに且つ楽しく進んだと思いました。半年過ごしたアメリカの話も聞けて、おばさん超興味深々でした。


小さい頃私はずっと、学校から家に帰ると父や母にその日学校であった話をたくさんしていたように記憶しています。授業や友達、先生、クラブの話、何でも。何故そんなことをしていたのか考えたら、父と母がそれを楽しく「うんうん」と聞いてくれたからです。だから話すのが楽しかったし、両親に出来るような話題を自然と常に探してたかもしれません。
子供だから黙っていなさい、とか所詮子供の話なんて、など一度も言われたことがありませんし、そんな理由で話を聞かないのは本当にもったいない。
今回姪っ子甥っ子の話を聞いていてたくさん笑わされたし、小さいながらにこんなことまで考えているんだ…と驚かされることが多かったです。
そんな余裕がなくなるほど忙しいことがあるかもしれませんが、私は普段彼らと会うことがあまりないので、言ってしまえば楽な身分なのですが。


父と母に話をすることで、「話したら聞いてもらえる」という意識が自分の中に定着してしまったような気がします。それは当たり前のように思っていましたが、こうしていろんな人に出会って歳を重ねる毎に、なんだか凄いことなんじゃないかと思うこともあります。


 
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