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2025-11-02

両親と南仏 6日目

最終日。
朝はレジーヌのお家に招待され、そのあとまたアトリエに寄った。
みんなで写真!


そしてマルセイユを経由してシャルル・ド・ゴール空港駅へ。


電車のバーでコーヒーを飲んでいると、車掌さんが
「あ!この前の!」と話しかけてきた。
私も顔を見て「あぁ!」と驚く。
この前行きの電車で話した車掌さんではないか!!!
南仏を思う存分楽しんだこと、南の天気がすごく良かったなどと話をした。
「フランス人はちょっと乱暴ではなかったですか」
と笑いながら聞く車掌さん。
父が正直に、少し笑いながら「少し!」と返事をするとアハハと嬉しそうに笑ってくれた。


席に戻った私は「あー!写真を撮っておけば良かった…」と後悔した。もし彼がもう一度ここを通ることがあれば思い切って両親との写真をお願いしよう

そして快く応じてくださった!

本人は気にしていなさそうだったけど、一応念のために顔を隠します
しかも あろうことか、
「マダム、ムッシュー、この帽子をお土産にどうぞ!」と、なんとSNCFの帽子をくれたのだった!!!ぎょええええーーー

「冗談でしょう?」と聞くと
「いいえ、どうぞ!」と。そして格好良くそのまま去っていった。


びっくりしてどうしていいかわからん。
とりあえず写真を撮る私ら日本人観光客!
二人とも似合ってる!!!笑
何かお礼にと、父がこのお守りをプレゼントした。
ご丁寧にととても感謝され、彼は父に握手を求めた。
父と母は正直、帽子をもらってもかぶる機会がないし、結局私がもらうことにしました。どうもありがとう!

しかしこんな話、聞いたことがない!!!!(フランス人の友人らに話しても、みんな本当にびっくりしている。SNCFでたった唯一の優しい車掌さんだったんだろう!とみんな言う)
よほど父母が楽しそうだったんだろうな。その心意気に感謝です。ありがとう。


そのあとシャルル・ド・ゴール空港のホテルに一泊しました。

2025-04-18

電車の遅延でホテルに泊まった話

翌朝。
泊まったお部屋でご仕事をして、午後イチでソミュール駅へ。交通の便が悪いのでタクシー(20-30分)が必須。もう駅に着くぞ、というところで携帯に鉄道会社SNCFからメッセージが届く。

「お客様が乗る電車は2時間遅れで出発します」

えええええ


まだフォントヴロー修道院にいた時にメッセージを受けていたら、電車を翌日に切り替えてゆっくりできたけど、今更遅い。
駅の窓口に直行。


その日私はソミュールからリヨン駅へ、そこから乗り換えてトゥーロンへ帰る予定だった
リヨンでは乗り換えに30分しかなかったので、2時間電車が遅れると当たり前だけど乗りたかった電車に乗れない。
そして2時間遅れてリヨンについても、トゥーロン行きの他の電車は「ない」。


窓口のお姉さんに事情を話すとすぐに
「pu****...!!」と
汚い言葉を発し、横にいた同僚に向かって
「2時間遅れだなんて聞いてないし!私あと5分でランチ休憩なんだけど、これから大混雑になるじゃん、マジやってらんない。私は絶対ここ(窓口)閉めるからね!」と、私の真向かいで堂々と不平を。

すぐさま本部?に電話をして遅延の理由を聞き
「ナント↔︎アンジェ間で人身事故だって。飛び降りらしい。」と言い、やっと私の方に向かい直し、対応してくれた。「2時間って言ってるけど、もっとかかるかもしれない。」と付け足した。


何にもないソミュール駅で2時間待つのは大変だったし、そもそも遅れてやってくる電車に乗っても、リヨン駅で2つ目の電車に乗れないなら、別ルートで帰るしかない。
ソミュール→アンジェ→パリ→トゥーロン
に変えてもらって、アンジェまで電車で向かった。

アンジェ駅はもちろん大混雑。
電光掲示板を見ると、あろうことか私が乗りたかったパリ駅行きの電車が「キャンセル」されているではないかーーーーー

終わった。。。私どうしたらええねん。。。
かなりパニックになり、駅の窓口に行くもみんなイライラ・ピリピリしていて冷たい。訳を話すも「なんでアンジェまで来たの?2時間待って元々乗るべきだった電車に乗りなさい」と言われる。

それに乗ってもトゥーロンまで行く電車に乗れないんだよ。。。と説明しても理解してもらえず、もう泣きそうになる。
心の救いであるジョルジュに電話をかけ、ジョルジュ母も一緒になって色々他の方法を考えるも鉄道会社がホテルを用意してくれるはず、という結論に至る。確かに、彼らの責任じゃん。流石にお客をそこら辺の夜の道に置き去りにするはずがない。


電話とかしていたら時間は過ぎていき、やっと私が乗るべきだった電車がやってきた。復興までに2時間半かかったそうだが、後で調べたら日本で人身事故が起こった場合は1時間くらいで路線は復興するらしい。日本やばくないか
電車の中でいろんな人と話したけど仏人はみんな「2時間で路線復興はなかなか早いな」とか言ってたので日本とは本当にレベルが違う!と思った。

車内で一回だけ「皆様に食料品を用意しておりますので、ご希望の方は4号車(バー)までお越しください」と流れた。行くとこんなものが無料でもらえた。(客に取りに来させるあたりがすごくフランスっぽいと思うのは私だけだろうか、日本なら「公平に」全員に配るんじゃないかな。フランスは「欲しい人に」あげる)
中開けたらこんな感じ。
お水、レンズ豆サラダ(ベジタリアン用)、クラッカー、ビスケット、りんごのコンポート、ボンボン(キャンディー)
このストローじゃ全然全部飲めない笑
不味くはないけど、見た目が動物用のご飯みたいだなぁと思った。笑
私の隣の人はナントからこの電車に乗っており、人身事故(飛び降り)が起こってから2時間まるまる電車の中で過ごしていて、疲れ切っていた。


車内で私はかなり緊張していた。
車掌さんが通るとすぐに訳を話す。
「ご安心ください、リヨン駅に近づいたらアナウンスがあるのでそれを逃さないように」
「おそらくマルセイユまで行っていただき、そこで用意されるホテルに泊まっていただくことになると思います。」

実際到着直前で流れたアナウンスではこうだった
「トゥーロンへ行かれる方は今夜の電車はありませんので、SNCFが用意したリヨンのホテルに宿泊いただきます。携帯電話に直接メッセージが届くと思いますのでそこからアクセスしていただき、ホテルの手続きをお願いします」

アナウンスが流れてから、メッセージを待てど待てど全然届かない。


リヨンに着く。
電車を降りて職員に聞くと「窓口へ行ってください」という。

重たいスーツケースを引きずって窓口へ行く。
女性職員を見つけて訳を説明すると

お姉さん「遅延の話は聞いています。あなたの最終目的地がトゥーロンなら、ここリヨンではなくマルセイユまで行って、そこでホテルに泊まるはず」
という。

私「いいえ、アナウンスでは私はリヨンで宿泊する、と言っていました」

お姉さん「そんなはずはない。今からマルセイユ行きの電車が出発するG番線まで行きましょう」

何度説明しても納得してくれないので、行かなきゃいけない。なんで信じてくれない?辛いがクッと堪える。来た道をまた折り返す。重いスーツケース。疲労。。。
ホームに到着、お姉さんが同僚に色々話をする。
私の方を向いて私の事情を説明してくれている。
しばらくしてお姉さんが「ふーむ」と言って戻ってきて一言。

「あなたはリヨンで宿泊だから、窓口に戻りましょう」

ほーーーーら、言ったやんか!!!!😡💢💥💥


まーた長い道を歩き直す。
途中でお姉さんが「ごめんなさいね」と一言謝ってくれたのでちょっと気持ちが軽くなった。ここで謝れないフランス人が大多数なので。

すぐにホテルの用意と、翌朝乗る電車の手配をしてくれた。
私の他にホテル宿泊の人は2人しかいなかった。
そしてまさかの2つ目が渡される!笑
私としては、確かに鉄道会社の対応は良かったとは言えないものの、そもそも遅延は人身事故で鉄道会社のせいではない。ホテルを用意してくれたし、こうして非常食もくれて、私的にはかなり安心・満足であった。
ところが私の隣にいた2人(同じくホテル宿泊者)は口を揃えて「レストランくらい用意してくれてもいいんじゃないか〜?この国は美食の国だぞ」と半分冗談混じりに職員に言っていた。(もちろん笑って受け流されていたけど)

私はこの状況でそんなことを言えるのが単純にすげー!!と思ったし、フランスに16年住んでいるけど、まだまだフランス人から学ぶことたくさんあるなぁと思った。笑
どんな状況でも不平を言い切るその根性。


ホテル到着、とっても立派なホテルだった。
駅から徒歩30秒。
ホーム見える。
広すぎる
熱いシャワーを浴びて、ゆっくりして、非常食セットを食べて
かなりグースカ寝た。
本当に疲れた日だった
週末があんなにも素晴らしかったので、その落差がすごかったぜよ

2023-04-23

大きい絵を電車で運ぶ

もう1週間前になりますが、壁画制作を中断して急遽パリに1泊2日で行って来ました。なぜならグループ展が決まったから。しかし大きな絵画(120x105センチ)2枚を電車持っていくことになり、かなり緊張していた。

本当におっきいのです。。。 すでに、家を出てバス停まで行く間に、すれ違った子どもに「ダンボールが動いてる!」と言われたくらい(笑)
バス停までいくだけでかなり疲労し、腕もプルプル。。。こんな調子でパリにいけるんだろうかと思っていた。
 
チケットのQRコードを機械に提示してプラットフォームにたどり着くも、そこにいた職員のおばさんに「あなた、ちょっとそれ大きすぎますよ」と言われる。
私「知ってます。おそらく罰金払いますよね」
おばさん「車掌に聞いてみて」
私「はーい」

私は昨晩眠れなかったくらい、緊張していた。
罰金っていくらなんだろう。嫌な顔されないかな、こんな大きい荷物おくところあるのかな。。
 
で、いざ車掌を見つけたので自分から話しかける。
私「こんにちは!これ、『ちょっと』大きいって言われたんですけど(てへ)」
車掌1「ちょっとっていうか、かなり大きいですよ」
車掌2「うーん、これは何ですか?」
私「絵画です。大きすぎて、罰金ですよねー」
車掌2「うーん、、、」
車掌1「自転車おくところならいけるんじゃないか」
車掌2「あぁ、そうだね。マダム私に付いて来てください」

一緒に歩き出す
車掌2「それはあなたが描いた絵ですか?それとも買ったもの?」
私「私が描きました。こんな大きい絵買う予算ありません!笑」
車掌2「そうですか、本来ならこの大きさの荷物には追加料金が発生するのですが‥まぁ(ごにょごにょ)
私「ありがとうございます!!!」
車掌2「私は昔==という画家の絵を買いましてね、知ってますか?」
 
そのあと==という画家(私は全く知らなかった)の素晴らしさを語り続ける車掌さん。。めっちゃ嬉しそう。多分その話がしたかっただけでは。笑
 
そんなこんなで、ちゃんと場所を見つけて、専用ベルトまでつけてもらった。 罰金も払わなかったし、しかもこの車両で空いている席を調べてくれて、「ここに座っていれば荷物の横で安心ですから、どうぞ」と言われる。

SNCF最高か! 
っていうか私本当に運が良い。良すぎる!!!
 
もちろん ==という画家を調べて、その車掌さんが見回りで来た時に「この画家ですね!」と言って見せたらそれはそれは嬉しそうにしていらっしゃった。。そんな愛される画家に、なりたい。。
 
無事モンパルナスまでついて、 ギャラリストのローラが迎えに来てくれた。2人で一緒に運ぶ。めっちゃ助かる!
場所はサンジェルマン・デ・プレのとあるアパルトマン。昔版画作家だった女性アーティストの家だ。
 
おそらく億越えのアパルトマン。。。 リッチ良すぎるし内装も素晴らしいから当たり前だよね。


絵を運び終えたので、任務完了!その日の夜はオープニングパーティがあったが、私はくたびれてくたびれて。。。ローラの人柄のおかげなのか他のアーティストの力か、信じられないくらい多くの人がいらした。驚いた


その日は私は展示会場となるアパルトマンに泊まらせていただき、翌日は街を散策。朝7時半からプールにも行った。壁画制作しているレンヌ近郊にはプールがないので、久々にプール行けて嬉しかったーーーー

ギャラリーに滞在して夕方ナントに戻りました。

 
モンパルナス戻る途中、すごいカフェがあるなーと見上げたら、あみかさんが昔通っていたカフェカセットだった!すごい変化している。
 

2022-10-28

ストでガソリン不足

 またパリを経由してオーヴェルニュ地方にきている。
紅葉が進んで美しい。
空気も澄んでいるのか風景がとてもはっきり見える。
フランスではここずっと「製油所の賃上げストでガソリン不足」。。
 
 (引用)
エッソの労組は好業績の利益分配とインフレを理由に、賃上げ7.5%と6000€のボーナスを要求。一部の労組は10日に経営側と合意したが、製油所の従業員の多くが加盟する労組CGTはこれを不満として1ヵ所を除いてストを続行。トタルの労組も同様の理由で10%の賃上げを求めているが、経営側の賃上げ6%とボーナス1ヵ月分の提案に満足せず、スト続行で交渉が継続中だ。世界的な燃料価格の高騰により、エッソはグループ連結で今年第2四半期179億ドルの純益、トタルも上半期106億ドルという莫大な純益を計上している。
 
 
 
わたしはパリにいる間など毎日車に乗る立場では無いながらも、かなり心配になった。ガス欠で車道で止まったらどうしよう?と。しかしこんな状況でも、以外と周りの仏人はあっけらかんとしていたように思う。
「絶対どっかのガソスタが空いているでしょう」
「ストをする権利は守らないと」
「会社自体は稼いでいるのだから、従業員ももっと給料を受け取るべきだから賛成」
などなど
 
 
こういうとき本当フランス人はすごいと思う。 
自分らの要求を通すその行動力と信念。そのために迷惑なことを受け入れる周りの人間。
「経営側の賃上げ6%とボーナス1ヵ月分の提案に満足せず」
「10%の賃上げを求めている」
これこれ!日本人は30年前から給料があがっていない話は有名だが、もっと怒るべきなのでは。でも国民性って、あるよね。。
 
 
わたしはとにかく車に乗るのが落ち着かない。
レジデンス先にいくためには、パリから電車に乗ってクレールモン・フェラン駅までいく(3時間半)。それから車を1時間ほど運転しなければいけない。市内に駐車していた私の車にはまだ60パーセントくらいガソリンが残っていたのだけど、田舎に行ってしまうと、いつどこでガソリンをいれられるのか分からないので市内でどこか給油してから向かおうと思った。
 
携帯でどこのガソリンスタンドにガソリンが残っているか見ると。。。
右に赤く出ている「Pénurie」という文字は「不足」という意味です。全然無い!!!ラジオで状況はよくなってきているって言ってたけどなぁ?
 
そのあと不足表示が出ていないガソリンスタンドにいくも、ガソリンが無い、、、嘘ー!
 
気をとりなおして2つ目に向かう途中、たまたまガソリンを売っているガソリンスタンドを見つけて列に並んだ。おそらく全部で20〜30分くらい並んだ。無事満タンに出来て、一安心して田舎に向かった。
 
しかし驚いたことに、田舎につくと普通にガソリンあった!なーんだ、でもよかった〜
 

 

これはパリで釉薬買ったときの写真。
オープンスタジオを見てまわった
りょうこさんとランチ!
からのコーヒー!

 

2022-04-18

モヤモヤからのマルセイユ

土曜日にワークショップをしました。
10時始まりの18時終わり。途中2時間お昼休憩。
インクを使ってにじみを活かしながら描く絵の描き方の紹介、練習と、あとは妖怪の話とかをして最後にみんなで大きな巻き物を制作した。
 
毎回こういうアトリエ(ワークショップ)して思うんだけど、私は本当にこれをする資格があるのか?ということ。もっとこうすればよかったとかあーすればよかったとか、死ぬほど反省する。同じテーマでやっているのに、参加者で全く違う内容のアトリエになったりする。同じ説明しているのに、内容が簡単に伝わる場合と全然伝わらない場合がある。今回はみなさんすごくフレンドリーで(さすが南仏!)和気藹々やってたけど、いざ妖怪の話し始めたらめっちゃ分かってもらえなくて大変だった。
 
アーティストは(自分勝手に)自身の制作をすることが本業なのであって、人に何かを教えたりすることは本来の仕事ではないと私は思っている。向き不向きがあるし。じぶんの知識や技術を人に伝えて分かち合うことは大事と思うけども、そもそも教える側になるためにするべきことを学んだことがない。
もう自己流も自己流すぎて本当にこれでいいだろかーーってずっと思ってる。でもお呼びがかかるし、参加者からは終わったあと「楽しかったーありがとう!」って言われたりメールくれたりするので、いいのかなぁ…とも思っている。
でもやっぱりずっとモヤモヤしているというのが現状だ。出来ればこういう仕事は減らしていきたいとも思っている。


 
実はこの週末、同じ場所Le Port des Créateurs でミニミニブックフェアがやっていた。いわゆるアート系同人誌の販売というべきか。そこに偶然ジェレミー兄が参加する予定だったことが判明し、急遽ジェレミーもやってきた。2日ぶりに会えたー
 
 
イベントが盛りだくさんで、ビンゴ大会なんていうのもあった。司会者のヤン。
商品獲得ならず。
みんなで飲んで笑って、お腹が空いたのでご飯を食べに行く。

関係ないけど、研修生アルチュールのTシャツ。
 
翌朝早朝私は宿を出る。
マルセイユまでバスで移動。このバスの運転手がめっちゃくちゃ面白くて、最初チケット見せたら急に「おはよう!」って日本語で挨拶してきた。
朝7時にいきなりフランス人からの「おはよう!」は唐突すぎて、一瞬頭が固まって答えられなかった。私があまりに驚いた顔をしていたからか、おじさんはニヤっと笑って「日本語の朝の挨拶はおはようだよね、こんにちはじゃないよねー 知ってるよー!」と今度はフランス語で私に話し始めた。
 
後ろに乗客が後ろに控えており時間がなかったからそれ以上の会話は出来なかったんだけど、バスが動き始めてから納得。
いきなり何語か分からん言葉で「おはよう」を言い出した。その数おそらく30くらい。最初なにかの呪文でも言ってるのかと思った。そのあと軽く15分くらいマイクでひたすらしゃべり(注意事項とか冗談とか)、やっと静かになってくれた笑。 


こんだけ面白いおっさん、ちょっとウザいけどいいよなー
余裕あるよなーーー
日曜の朝から笑わせてくれた。



マルセイユに着くとフライトまで時間があるのでちょっと街をぶらぶらした。
少し歩いたら偶然宇多田ヒカルの曲のリミックスが爆音で流れており、ちょっと感動した。。。しかし街中がガザガザしており夜は絶対に歩けん、と思った。
マルセイユには東横インがあるんだね!びっくりしたー
そんなこんなで飛行機でナント戻ってきた。
酔い止めが効きすぎたのか、終始爆睡でした

2022-02-18

夢の国から現実へ

成田から出発してちょうど24時間経ったころやっとパリに着きました。これでいちおうは一安心なんだけど、なんせ地方に住んでいるので 家に帰るまでが遠足。。
 
 
 
ちなみにわたしがワクチン保持者かどうかなんて、一度もチェックなかったです。日本の空港職員があれだけ念入りにチェックした書類たちも、すべてただの紙切れになった。パスポートチェックもいつもの通り、わたしのパスポートをパラパラ見て
「SA YO NA RA !!!」
 と自信満々に言われて、この人間の違いに笑わざるを得なかった。笑
 
 
 
(こちらトランジットのアブダビで荷物整理してたら、みゆきちゃんからもらったコレが出てきて感傷に浸る、の写真)

 
電車に乗って帰りたいけど、
数日前からシステムが変わったフランス政府の「衛生パス」のせいで、今やわたしのワクチンパスは無効らしい。まだ2本しか打ってないので、24時間以内の陰性証明がないといけないらしい。めんどくさいが仕方がない。
 
空港でテスト実施しているので、さっそく向かう。
 
 
(関係ないけど、こちら出発前に羽田で受けた陰性テストの場所で。唾液採取のためだけど、面白い。この写真ほしい!)
 
そこの職員の方の対応があまりに冷たくて、「あぁフランス帰ってきたー」って実感した。わたしは結果が早く出る抗原検査 を受けたかったのだが、ついついPCR検査のための申込み用紙に記入していた。紙を提出するときにやっと気づいて
 
「あ、すいません、わたしが受けたかったのは抗原検査なんです」というと、担当職員がため息をひとつ大袈裟について、

「だからさっきPCRか抗原検査か聞いたじゃないですか!」

と逆ギレしてきた。笑
おおおおぉぉぉぉこれこれーーーー
ここ1ヶ月半お預けになっていた、この冷たい感じ。
 
 
 
 
そのあと無事陰性のテスト結果(鼻グリグリの方)が出て、すぐパリ市内に向かう。
 
RERのB線(しかも特急)に乗っていたので35分くらいで市内に着くと思っていたのも束の間、電車が停車しアナウンス。
 
「人身事故が発生しました。しばらく停止します」
 
 
その後結局とある駅に停車し、全員下車を求められた。
ホームは最強にごったがえす。。みんなイライラ、不安。
 
しばらくして駅の職員らしき女性が支持を出している。
 

乗客はその女性に詰め寄る。みんな、めっちゃ、キレる。
しかしその職員は負けない。とてもサバサバと言った
 
「どうしようもないことなんです!!電車はどうやっても動きません!今も電車の下に人が挟まっているんですから!!!
電車はこれから2時間は動きません!パリに行くならあそこにあるトラムに乗って、○○まで行って、RERのE線に乗り換えてください!」
 

ホームにいた人は全員それに従う。
 
 
わたしは25キロ近いスーツケース+巨大なリュックサックを持っていたし、移動はかなり苦労した。案の定トラムは激混みとなった。コロナ、大丈夫かいな、、、しかもギリギリになってトラムに乗り込む人が大量におり、その人らを見た中の乗客がひどい罵声を浴びせる。めちゃくちゃにいがみあう乗客たち。

日本から戻ってきて、この現実と向き合うのには正直かなりキツかったけど、内心可笑しくて可笑しくてたまらなかった。
あぁわたしフランスに戻ってきたんだわ・・・と。


そのあとRERに乗り換えるとき、駅構内のエレベーターでとあるおばあちゃんと二人きりになった。自然と世間話を話す流れになり、わたしは日本から帰国したばかりで2年ぶりに家族と会えたと言うと自分のことのように喜んでくれた。彼女は昨日息子と喧嘩をしたことなどを話したけど、そういうこともあるよねぇーと、心底同調してたらこの短い時間にとても意気投合した(笑)
 
 
さっきまでトラム内で人間たちの醜いバトルが繰り広げられていたけど、少し経てばこんな風に見知らぬ人と面白い世間話ができるのだった。なんかこの数時間でフランスのいい面悪い面を全てダイジェストで見せられた感じした。。
 
 
 
 
 
 
その後はとくにハプニングもなく、無事ナント行きの電車に駆け込み、無事自宅に着きましたー
シャルルドゴール空港についてから自宅に着くまで
約7時間もかかった。。。 遠すぎ!
 

2021-08-25

一生忘れない船

アート鑑賞をしたあとは、みんなでソッコー、ビーチに行った!!!!
写真には撮らなかったけど周りにはまぁまぁ人がいた。
しっかし水が透明で綺麗だった!!!!温度も絶妙に気持ちがよく、波も高くなく、いつまでもこうしていたいーと思った。
私はけっこう長い間水に浮いたり犬かきしたり、とにかく水の感触を味わっていたのだけど、レオもクレモンも5分くらい浸かってすぐ出た。そして浜辺でぐっすり寝るのが彼らの幸せだそうだ。
 







そのあとはみんなでアイス食べたり一杯飲んだりして、帰りの船に乗り込んだ。
 
また行きみたいに、波に揺られて気持ちの良い1時間を過ごすつもりだった。


ところが!!!!
 
 
船長が最初のアナウンスで
「みなさんビーチは満喫しましたかー?(はーい!)行きと違って、ちょっと波が荒れてます。少し揺れますので、その辺よろしく!」
 
みたいなことを言った。
(最初からそうだったけどいかにも南仏の面白いオッサン、という感じ。)
 
ちょっと、と言ったからちょっとなのかと思ったら
ちょっとどころか、
 
 
め っ ち ゃ く ち ゃ 揺れた! 

 
 
っていうか実際 船長が
揺 ら し て た !!笑
 
 
どういう意味?とお思いでしょうが、そうなのです。船長は大きい波をわざと探しに行って、直前でモーターを切り、そのあと一気に発進することによって、船を「わざと」ゆっさゆっさ揺らしたのです!!!!
その揺れといったら、そこらへんのジェットコースターより怖い。だってベルトもないし、落ちたらそこは海!命がけだ。
 
多分ゆうに100人くらい乗ってる船で、観光客もたくさん。子供も老人もたくさん乗ってる船だったけど、船長はめちゃくちゃ楽しそうに船を揺らしに揺らし、上に座ってる人たちをビシャビシャにしたのでした笑
(揺れるたびに波が船を覆い、一瞬土砂降りになる。私らはちょうど船長室の後ろに座っており、全然濡れなかった。奇跡!)

最初は揺れるたびに笑い声や歓声をあげていた乗客たちも、しばらくするとあまりにびしゃびしゃになって大変だったせいか無言に。わたしとレオは爆笑して終始楽しんだけど、クレモンはずっと真一文字に口を結んでずっと遠くを見ていた。でも実際船から落ちないかハラハラだった。

しまいにはところどころ吐き出す人が続出して、下にいたスタッフ(女性)が上にやってきて「いいかげんにしろ」とストップをかけたほどであった笑
そのあと船長は 叱られた子供みたいに大人しくなった。笑
 
 

私はこの状況に終始大爆笑であった。(船酔いしなかったから気楽でよかったけど、もし酔ってたら冗談じゃない)
日本でこんなことしたら、多分ソッコーでクビだと思う。本当この国(っていうか南仏?)のゆるゆるさったらないなーと思った。ちらりと船長を見ると、舵をきるその足は完全仁王立ち。もー揺らすのがたまらなく楽しい!って感じだった。笑
 
 
 
 
面白いのが船長だけじゃなくって、乗客みんながなぜか仲良くなっていったことだった。みんなで笑いまくって冗談言い合ったりして、波が来るたびにみんなで「来るぞー!!!!」と言い合って目配せしたり、一番端っこに座って本当びしょ濡れになってる子をみんなで心配したり。中にはタオルみたいなもので水しぶきから防御しだす人がいて「それ超ナイスアイデア!」とみんなで言い合ったり、びしょ濡れなのにマスクしてる人いてみんなで「それ意味ないやーん」と言い合って笑ったり。
本当になんかこの一体感最高だったー 
(こういうの大好き。。。)
 
 
 
1時間後無事トゥーロンに着いた。
終わりのアナウンスで船長は「誰か途中で落っことしてないかな?全員いるー?そんなに濡れてないー?」と超軽かった笑
 
 
あぁ面白かったー

と、私は思ったけど、吐きに吐いてげっそりしている人もいて怒ってる人もいた(そりゃそうだ)。
 
この船のことは多分一生忘れないと思う。
 
コルテオ 太陽光発電