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2020-11-03

ソフトロックダウン?

二度目のロックダウン。。
だけど春の第一回目とは全く違ってかなり自由が利く。いってみれば、ソフトロックダウンという感じだろうか。

 
(先週末満月が綺麗だったので写真に撮ろうとしたら、一回目失敗。しかし良い線)
(二度目)
行政窓口が開いているので、色んな手続きも滞らない。
学校が開いているので朝晩子どもやその親御さんたちが街中を歩いている。テレワークができない人は仕事に行くし、車の行き来もある。
レストランやバーは閉まっているのでもちろん普段より閑散としているが、割と大丈夫な感じ。例えば画材を売るお店、店内で買い物はできないがネットで注文して取りに行くことはできる。一応いろんなことが機能している。
 
最近市の中心地に移り住んだわたしは、駐車許可をもらいに窓口へ行った。街中の路上駐車はもちろん有料だが、中心地に住んでいるという住居証明があれば180ユーロ(2万円くらい?)払えば1年間駐車し放題。住む場所によって区間は限られるが、けっこう広い。
 
 

2020-09-26

議員の前でプレゼン

先日、今参加している展示 INTER_ で、文化芸術関連担当の市議会議員5人を前にプレゼンをした。
わかっちゃいたけど、誰もスーツ着てないしラフ。めっちゃ気楽な雰囲気で始まった。


ナント市賞というのは、あまりナント以外で知られていない。
でも待遇はかなりよく、2年間のアトリエ無償提供、6000ユーロ(約70万円)、2年後にグループ展の開催、などがある。議員の方々もこの賞のことはあまり知っておらず、だからこそまずは賞のこと、そして私たちのことを知ってもらうべく、市がこうして場を設けてくれたのだった。ありがたやー
 
 
文化関係を担当しているだけあってみなさんすごくおしゃれでさすがだなと思った(そこ?)。 男性群もピアスをさりげなく付けていたりして。
 
行政で力を持つ人々が我々のことをどう思ったのかは全く分からないけど、彼らはとても興味深く我々の話を聞いてくれたと思う。(思いたい)
 
私がナントにやってきたのも、元々ナント美術学校が金沢美大と始めた交流のおかげであった。市の恩恵をかなり得ている私なので、こういう場ではちゃんと感謝の気持ちを述べたかった。 そして市に少しでも恩返しができればとずっと思っている。
 
 
 
そういえば
 
Pays de la Loire で活動しているアーティストをリスト化したサイトに、私も仲間入りさせてもらった。
興味ある方は是非ご覧くださいませ。
私のページ、まだ作品2点しか載せてなくて寂しいですが。「作品数あるでしょーもっと載せてー」 と催促のメールが来たけど笑

2020-06-29

作品の価値

昨日日帰りでナントに行ってきました。
1月にアトリエで水漏れが起こったのですが、6ヶ月経ってやっと、保険会社の専門家とのアポイントメントがあったのです。

1月、水漏れが起こってからすぐ保険会社に連絡。
2月、水漏れが発生した家の人と協議報告を製作して、被害総額(+それらを購入時の領収書など)とか写真をまとめて保険会社に提出。

保険会社から4月くらいに電話がかかってくる
「専門家(保険会社の人)が現場を見に行くので、アポイントをとりましょう」と。
で、やっとこの日がやってきたのでありました。


ここまで来るのに6ヶ月が経っておる・・・
日本はどのくらい時間がかかるのだろうか。



Evorの庭見てきたよー)


約束の時間に10分くらい遅れて専門家の人がやってきた。
私は知らなかったのだが、その人と私、労働組合の人、そしてアトリエを管理しているアソシエーションの人 全部で4人も集まった。
集まった瞬間マスクをいそいそ着け始めるみんな。


6ヶ月経ってもまだ何も解決してないので、全部そのままになっている。水漏れによって壁に取り付けられていた棚が落ちたので、そこには穴が空き、ペンキが剥がれひどい状態。そして水に濡れてダメになった大きいサイズの水彩画たち、額、本を見せる。

芸術作品の保険は正直かなり複雑で、この時も保険会社の人はかなり困っていた。自分でアーティストを名乗り作品を作っていても、実際にそれなりの値段がついて売れていないと、保険がおりないそう。私はというと、いちおうこれまで 被害にあったサイズの水彩画を売ったことがあったし、ギャラリーでも発表している。

被害総額を請求する書類を作るときに、保険会社の人から「芸術作品は『作品の値段』ではなく、それをつくるのにかかった『制作費』を記入してください」と言われたので、紙と水彩絵の具の値段を記入した。

すると今回、アソシエーションの人(私のことをよく知る人)が

「あのね、作品つくるのって体力も知力も時間も必要なんですよ。ただ紙の値段を返せばいいって話じゃない。しかも牧子は精力的に活動しているアーティストで、一昨年ナント市賞もとったんですよ。いろんなところで発表もしているし。そこをもっと考慮して頂きたい」

と言ってくれた。
なごやかだったムードが一気にピリっとなる。


保険会社の人はそれを聞いてこう言った。
「そうですか。受賞などはもちろんメモしておきますが、保険会社としてはそれよりも、今まで作品の売買がされてアーティストのCote(相場?)が本当に証明されているかというのが重要になりますので。。」


結局、私は今まで売った作品の領収書や作品の写真を保険会社に提出することになった。芸術作品に詳しい専門家がより詳しく調査するらしい。


(街中で見つけたよくわからないけど綺麗なもの)

私をかばってくれたアソシエーションの人は、実は彼もアーティストだ(った)。だからこそそういった一言が言えるし、アーティストの権利を守ろうとする強気な態度を崩さない。彼の態度から学ぶことたくさんある、ありがとう。



この水漏れ事件、いつ解決するのかわからない。
でも少しでもお金が帰ってくるとありがたいなー

2020-06-26

面接というものそして縁というもの

とある名高いスペインのアーティストインレジデンスの書類審査に通って、めでたく最終選考に進みました。まさか自分が3人のうちに入ると思ってなくてびっくり。なので実は今週はずっと最終面接に向けて練習をしていました。
(例の講義を受けながらだったので、本当に落ち着かない1週間だった…)



アトリエにて。
空いた時間を見つけてはカメラで自分を映しながら、何度も復唱する毎日。笑
取り憑かれたように一人もくもく話す姿は滑稽だっただろう

館長にもアドバイスをもらったり、当日緊張ですべての記憶が一気に飛ばないように何度も何度も練習して挑んだZOOMでの面接。。
結果、だめでしたー


かなりショックで2時間半くらいめちゃくちゃしょげていたのですが、別にこのレジデンスが人生のすべてではないか、と思ったら気が楽になったのと、ただ単に「縁がなかった」んだなと思いました。


私はいわゆる就職活動というものをしたことがないので、そういった類の面接は受けたことがありません。人生で受けた面接らしい面接は

・金沢美大受験
・フランス・ナンシー市1年交換留学試験
・ナンシー美術学校への短期交換生面接
・渡仏のための某財団奨学金試験
・今回のレジデンスのための面接

 5回だけです!少なっっ




( 制作の過程で出た廃材だけど、綺麗だな)

(とある日の弁当)


大学の入学試験は1分とかそこらで全然緊張しなかった。全く記憶にないくらい。

ところが大学3年?に受けた、フランスのナンシー行き(1年間)をかけたこの試験は本当によく覚えている。市役所の会議室で行われたこの面接。あまりにもナンシーに行きたいあまり、もう躍起になりすぎていたのでしょう、試験官の人に


「ふ、古市さん!とりあえず落ち着いて!まず落ち着いて!」


と、一旦面接中断させられ、なだめられたのでした。笑

今思い出しても恥ずかしいし同時にめちゃくちゃ笑えてくるのですが、もうあれだけ熱がこもりすぎると、人間おかしくなるんだなーってくらいやばかったと思う。そんな情緒不安定な暑苦しい人は流石に海外に送れないよねってことで、もちろん落ちました。(号泣しながら先生に電話して、先生めっちゃ困ってた笑)


人生のどん底って感じでなかなか立ち直れなかったのだけど、結果的には絶対落ちてよかった。のちに住むことになったナント市に11年もいるなんて、やっぱりナンシーよりナントに縁があったのだろう。


ちなみにその後1ヶ月だけナンシーに滞在することになる。美大が応募したナンシー美術学校短期留学生試験では無事すんなり受かった。応募者が少なかったのと、学生の仏語レベルが低かったのかもしれない。そして晴れて、あんなに行きたかったナンシーに1ヶ月ほど滞在したけど、全然友達ができなかったし毎日泣いてばかりだった。このことは以前このブログでも書いたように記憶する



その後
今度はナントに行くための某財団奨学金の面接でも私はめっちゃ緊張していたし仏語もたどたどしかったと思うのだけど、まさかのまさかで合格。翌日の合格者を集めたパーティで試験官の人に

「あぁーきみ!!きみはね、笑ってたから選んだよ!!」

と言われたのだった。
私にとってこれほどの褒め言葉はなく、素直にめちゃくちゃ嬉しかった。この一言はずっと忘れないし、とても感謝している。(でも自分で笑った記憶は全然なかった。)



そして今回のZOOMによる面接。
アーティストインレジデンス といっても本当に多種多様で、プロジェクトを重視するところもあれば今までのアートワークを重視するところもある。やっぱり審査官の好みやフィーリングもあるし、なんで私が落ちたのかって、やっぱり縁がなかったからなんだと思う。
滞在計画内容を明確に説明しているつもりでも、いまいち理解されてない感じがあったし、結果を聞いた時「やっぱりなー」と素直に思ったのだった。

けど面接中審査員の皆さんは大笑いしてくれたし、硬い表情が一気にほぐれたのを見たときは「よっしゃ」とは思ったのだけど、まぁ難しいですわ。




数日前 館長と作戦を練っていたとき
「わかってると思うけど、もし万が一牧子が選ばれなくても、牧子の作品や計画が否定されているわけでは決してないからね。だから落ち込む必要なんてないからね」

と言ってくれていた。
館長ありがとう。


昨年カナダのケベックへアーティストインレジデンスで派遣させてもらったけど、提出した計画書で私は恥ずかしながら「ケベックシティ」と「ケベック州」をごちゃまぜにしていたのだ。審査をしたのは現地のケベックの人たち、私の計画書をよんで絶対にいい気分にはなってなかったと思う。私はとんでもない愚か者だったはずだが、それでも私はなぜか選ばれた。今となっては不思議だけど、それはきっと縁があったからだ。



何かに合格したからといって、そのあと全てがうまくいくかというとそうでもないし、本当によくわからんものだ、試験や面接というものは。


2020-05-14

給付金と買い物

最近快晴だけどけっこう寒い!

「牧子!COVID-19の影響で著しく収入が減った個人事業主は給付金を申請できるよ!あんたもやんなさい!」

と友人から連絡が来たのは先週の金曜日。
電話で彼女に手順を教えてもらいながらインターネットで5分で完了した申請。


な、な、なんと今朝、入金ありましたーーーーー



ありがとーーーーーーーフランスーーーーー 😭😍😭😍



私の職業はアーティストで、フランスの個人事業主(Auto-entrepreneur)制度を利用している。つまりMakiko Furuichiという極小の会社を持っているということになっている。

ことし3月、4月に著しく収入がなかった場合、 昨年2019年に稼いだ全金額を12で割った金額を、2ヶ月分申請できる。(確か上限があったけど忘れた、1500ユーロ/月だったかな)

もし3、4月に少しでも収入があった場合はその金額もちゃんと申告。するとその分を引かれた金額が振り込まれる。
私は今レジデンス中なのでそこまでやばい!ってほど困窮していない。制作費も出るし、アートセンターから少しばかりの滞在費が出ている。しかしやっぱりこんな不安定な職業なのでめちゃくちゃ助かるし、心に余裕がでます。感謝しかありません。


このシステム、友人に教えてもらわなかったら本当知らなかった。。本当にありがとう!!相変わらず私いい友達ばかりに囲まれています。ありがとうね。
日本では10万円の給付金を外国人にはあげるな!とかいう人がいるらしくて、心底驚く。同じように税金払ってんだし、そもそも税金有無の話じゃない、命のはなしをしているんだ。なんでそうやって国籍で分けようとする?なんで?なんで人と人の間に線をひきたがる?

電話をくれた友人は私が外国人とか全然そんなこと考えずに、ただ私のことを思ってこのシステムを話してくれたよ。
みんながそうじゃないけど、なんか心が寂しいね。自粛警察の話とか本当心が貧しすぎて泣けてくる・・・心が貧しい人は世界中にいる。


話それましたが、それにしても対応早かった。
1週間でまさか入金があるとは。このスピード感たるやいなや!フランスやるじゃんって思った。。


///////


この自宅待機期間に一つ変化があった。
あまりに自分の身体と向き合う時間が長かったからか、すごく敏感になったのか 水道水が飲めなくなった。今までずっと水道水を沸かしたお湯でお茶やコーヒーを入れていたのだけど、不味い。耐えきれなくなって今はミネラルウォーターを買って飲んでいる。


その話を昨日父にしたら、買い物について話が及んだ。
水は重いからきっと心配してくれたんだと思う。
しかし大丈夫。私は重いものや何かを大量に買うときは、いつもDRIVEシステムを利用している。

(私がいつも利用するルクレール。他の大手チェーンスーパーもある)
1、ネットで事前に商品を購入
2、指定した時間に指定した店舗に車で取りに行く。
3、すると店の人がカートに私の注文したものをすべて用意していてくれて、駐車場まで持ってきてくれる

野菜や果物が時々しょぼかったりするけど、それ意外は本当完璧。ありがたく利用させてもらっている。だだっ広い店内も歩かなくていいし、本当楽。


このシステム、フランス(の地方?)ではかなり普通で、実は私も4年ほど前から利用している。
この話をすると父はかなり驚いていた。。。
え!普通だと思ってたけど、日本ではあんまりこんなシステム無いのだろうか?

2020-05-10

検問

明日から外出禁止令がゆるくなります。


外出禁止になって早55日が経ったそうです。
早かったような遅かったような。。
この外出禁止が始まって心残りだったこと、それはナントのアトリエに残してきた植物たち!水やり無しで約2ヶ月間。
あぁナントの友人に鍵を渡しておけばよかった…と悔やんでいましたが、外出禁止最終日の今日、実はこっそりナントまで行ってきました。
(来週になって落ち着いてから行ってもよかったのだけど、外出禁止令が解けたあと実はめちゃくちゃ車が増えて渋滞にひっかかったりするのも嫌だったので。)
おそるおそるアトリエに入ると、え!意外に植物、元気。

ボリュームがめっちゃ減って確かにクターっとなっているけど、カラッカラになって全部枯れているとかは無かった。びっくり。
 全部の手入れをして、水もたっぷりあげて、制作に必要な小道具も全部持って、レンヌまで帰ってきました。

アートセンターが作成してくれた特例外出証明書と出勤証明書を持っているので、もし警察に何か聞かれても大丈夫、とは思っていたけど正直ナントとレンヌ(距離にしておよそ110km)を往復することって許されるんだろうか?とか心配していました。そもそも今日、日曜日。いろんな職種の人がいるとはいえ、日曜日に出勤ってあり?なのか?


行きは問題なし。警察にも会わず。

ところが帰り、環状道路に差し掛かるところで警察の検問!
来た…この時が。。警官は全部で7人くらい。

でもこういうときこそ平常心でいなければ。
私にやましいことは一つもないのだから!と言い聞かせる。(あるっちゃあるけど、ないっちゃない)

私の番がまわってきて、窓を開ける。対応しているのは、若い警官一人だけ。

挨拶のあと、「紙見せてください」と言われたので、
アートセンターの出勤証明書を見せると、
その若い警察官は「ふむふむ…」と証明書をテキトーに目で追って、
「はい、いいですよー」
といって通してくれたのだった。


えっ
めっちゃザルーーーーー




身分証明書(滞在許可証)も
他の特例外出証明書も見せずに
ものの2秒で終了。


きっと警察官たちはみんな疲れていたか、退屈しててもう嫌になっていたのか。それにしても無事に通れてよかった。

当たり前だけど行きも帰りも道路に全く車はおらず、最高に気持ち良いドライブをしてレンヌに戻って来ましたとさ。

2020-01-17

寝耳に水漏れ

ここに書ききれないくらい、毎日大小なりとも色んなことが起こっているんですが、数日前こんなメールが届いた。


「アトリエで水漏れ!」


内容をよく読むと、私のナントにあるアトリエの上に住むお家から「大規模な」水漏れが起こったとのこと。そこらじゅう水浸しだと。

アトリエの責任者に電話して、詳しい様子を聞く。
「床はかなり水浸しで、いくつか牧子の絵が少し濡れているけど、そこまで大変な被害はないよ。大丈夫。」
こういうとき、何故か「私は大丈夫だろう」 という変な心理が働くもんだ。私は特に焦らなかった。(ほら、別に大したことないじゃん)

彼は
「今日はあまり時間がなくて様子を見きれなかったけど、明日、上に住む人と一緒に被害を見るから、また連絡する」
と言い、電話を切った。




そして翌日、彼が電話してきた。
「牧子!水回りのところ、見逃していたよ!やばいよ、被害がすご過ぎて一瞬言葉を失ったよ僕は!!」
とまくし立て、すぐに写真が送られて来た。これ!
めっちゃ大したことあるけどぉぉぉぉーーーー!!!!


これ見てもよく状況が理解できなかったのだけど、つまりは棚が壊れてその上に保管してあった絵たちがすべて落ちてしまっている。

私の口もあんぐり。。


全然予定なかったのに、急遽ナントへ直行した。
こういうとき、本当車あってよかったーって思った。すぐ飛んでいける便利さったら、ない。

で、こんな状況でした。。
 
聞くところによれば、ここはセントラルヒーティング(建物を全体的に温めるしくみ。主にボイラーを使ったものが多いかも?)で、そのパイプが突然壊れたんだとか。それで中を通っていた水が、大量の水が!!!一気にそこら中に流れ出たそうな。

でも不思議なことに、油絵はほとんど無傷。穴も開いてない、画面も削れてない。少し濡れてるけど全然大丈夫。よかったー!


それよりこれに驚いた。
天井のペンキや表面が剥がれて、中が見えてんですけど。


すぐに保険に電話。
今でも慣れない、こういう事務的な電話。本当に嫌い。
でも私しかする人いないし、何と言っても数枚、水彩画が完全におじゃんになっているので、少しでもお金が戻って来てほしいので、頑張って電話する。



この電話、この日だけでなく翌日も、本当に長くて苦痛だった。。まだまだ色んなところに電話かけなきゃいけないのでストレスだけど、さっきは上に住む人と電話をした。とても感じのよい若い女性で、すんごく癒された。。彼女も被害者なので、気持ちがわかる。水漏れが起こった日、家のそこら中10cmの水でタプタプだったらしい。私のアトリエはそれよりかマシだけど、今後も書類関係で難しいフランス語を聞いて理解して説明しなければいけないかと思うと、本当苦痛。。

だけど家主の方や保険の人が親切で、電話中にも笑いあえることがあると、それだけですんごい心が軽くなるよね。たったちょっと笑うだけなのにね、不思議。




この日は水を全て拭き取って、絵たちを乾かして、
この間実家からこっそり持って帰って来た山下達郎のCDを聴きながら(熱唱しながら)、安全運転でレンヌに戻りました。(報告)

2019-05-24

追記:アメリカ→カナダの国境

すっかり
先日アメリカからカナダに戻ってくるときの国境の話してなかった。

(久々にキノコ書いたな…)


カナダ→アメリカはこうだったので非常に不安な精神状態で国境を迎えたわけですが、当たり前だけど、わたしたちを迎え入れたのはカナダサイドの国境管理官。
(あっあの怖いアメリカ人たちじゃないんだ)と思った瞬間少し肩が軽くなった。

「全員バスから出てください」
と言われ、出る。

「荷物を自分の前に置いて一列に並んでください」


これから何が始まるんだーと思っていると、車から犬が出てきた。そう、麻薬犬だ!!

麻薬や大麻なんて私がもっているはずもなく、ここは全然緊張しなかった。犬よりアメリカの国境管理官のお姉さんの方が怖い。


犬は指導されながら何度も私たちの間を駆け回り、車に自分でサッサと戻って行った。賢い。

そのあとは全員建物の中に入ってパスポートチェック。
緊張の瞬間到来。



チェックしてる人たちがフランス語を話しているのを聞いていたので、
私の番がきて、「Bonjour」と言ったら少し驚いたような顔をしてフランス語で話し始めるおっさん。

おっさん「どこに住んでいるの」
私「フランス」
おっさん「カナダには何をしに?」
私「観光」
おっさん「目的地は」
私「ガティノー」
おっさん「!!ガティノー!?ははは、そんなところに何しに行くの?笑」

笑った…
えぇーまじでーオッサン笑ってるよー
ありがとー😭


あのアメリカの鉄の女(と呼ぶことにする)が、本当にうんともすんとも笑ってくれなかったので、おっさんの笑顔に軽く安堵する私。
「ガティノーには友達が住んでいるんです」
うんうんと頷き、滞在期間などは何にも聞かれず、そのあと荷物の中に大量のお金やお酒や武器などないか聞かれる。

ないよ。と私。
おっさん「アメリカで何をしていたの」
私「バーリントンに行ってコンサートを見た。でも1日だけの滞在でカナダに戻る」
そのあと私のパスポートを見て
おっさん「いつカナダに入国したの?」
私「2週間ほど前。ハンコ押してあるはず」
おっさん「ほんとだ!ハンコがある。ハンコが無いことがよくあるんだよなぁ」
私「わたしハンコ押してって、頼んだよ
おっさん「君が頼んだのか!」
横にいたおっさん2「君はよくやった。最近入国審査官はもうハンコ押さなくなっててね。全部いちおうICカードにインプットされているから問題はないんだけど。やっぱりこちらとしてはハンコが押してあると安心」


ハンコ要求しててよかったーーーーー



何事もなく無事終わった…はやっ
そして感じ良すぎのカナダの人たち。



こんな違う対応されると、アメリカに今後行きたくなくなる。でもそう思ってしまうことが多分アメリカの思う壺なんだ。
先日食事を共にしたアメリカ人も、アメリカ人なのに(自国に帰るだけなのに)やっぱり国境を通過してアメリカに戻るとき緊張するらしい。パスポートはもちろんだけど車や持ち物のチェックなどが大変厳しいし、アメリカ人相手でもやっぱりめちゃくちゃ感じが悪いそうだ。

ちなみに飛行機で入国・出国の際のパスポートチェックは、陸路よりも簡単らしい。

2019-05-17

陸路からの国境越え

モントリオールから、バスで2時間半のところに南下したアメリカの町、Burlingtonに行ってきました。
この片田舎で私の大好きなアメリカのバンドXiu Xiu(シューシュー)のコンサートがあったからなんですね。



バスで国境を渡るのは「結構厄介だ」
と聞いていたのだけど、私は別に悪いことしてないし、滞在時間1日だし、大丈夫だろうと思ってた。
ESTAとI-94W(アメリカへ入国の際必要な手続き)もしておいた。その日泊まる予定だったホステルの住所とかはちゃんとメモっておいて、フランスの滞在許可証もちゃんと持ってる。大丈夫だろう!

と、その時はすごく安易に考えていた…





バスが1時間ほど走って、国境、税関に着いた。
アメリカ軍の大きな車が、道を遮っており、そのすぐ手前にバスは駐車。バリケードの代わりに車で道を塞ぐ国、アメリカ…

バスの運転手さんが「バス内で待機を」と言い残し建物の中に入っていく。そしてオッケーが出たので乗客みんなも建物に入り、パスポートチェックを受けた。


私の番が来てパスポートを見せる。

住んでいる所
職業
アメリカでどこにいくか
カナダの滞在期間
アメリカの滞在期間
滞在先
目的
これらを事細かに聞いてくる。

この時Burlingtonがうまく発音できなくて、すごく怪しまれた。行き先を知らない観光客ほど怪しいものはない!
終始険しい顔をしたおじさんが、私の日本語アクセントのBurlingtonを理解した時だけ、やっと少し表情がほぐれたけど、それのみ。


「ふーむ。オッケー、ではあちらへ」
と言って、通されたのは奥の部屋。
だよねーやっぱこんな異邦人は簡単にパス出来ない😭





10分ほど待たされて私の名前が呼ばれる。
唯一の女性スタッフ。
(この間ものすごい不安が私を襲う。頭の中は「Xiu Xiuのコンサートに行けるかどうか」の心配ばっかり)


さっきされた質問をもう一度される。
カナダには観光で来たと繰り返したが、
「2ヶ月も観光?」
と、それをすごく疑問視された。

(え、別にいいじゃん!
フランスでは2ヶ月のバカンスなんてありうるし、って言うかそもそもカナダに2ヶ月滞在するんであって、アメリカに用はないのに!)

なんてことは言えるはずもなく。
とにかくカナダ人の友達がいて、そこに泊まっていると言い切る。


「フランスで、仕事にはいつ戻るの?」
と聞かれて、
「フランスに戻ったらすぐです」
と答えたらびっくりするお姉さん。
驚くお姉さんが理解できず、私が不思議がってると
「仕事は辞めてないの?」
「辞めてないよ」
「😮」

極めて厳しい顔を保っていたお姉さんが、この時だけちょっとびっくりしてた。まぁ確かに普通は2ヶ月も仕事を休んでられないよね。


「カナダからフランスに戻る飛行機のチケットを見せて」
と言われ、メールチェック出来れば見つけられるのに、
wifiがないのでそれも不可能。焦る私。でもその時滞在許可証見せるの忘れてて、見せたら少しお姉さん納得。



その後パスポートの顔写真と私の顔を10回くらい(本当に!)見比べて慎重にチェックした後、渋々許可を出してくれた。
写真も撮り、指紋も取り。
6ユーロ払って、パスポートに証明書を添付してくれて、さぁやっとバスに戻れる!



お姉さんに引率されてバスまで戻ったのだけど、
なんとその間もお姉さんは
「それにしても2ヶ月間もの滞在、あなたはどうやって資金をやりくりしているの?」と聞いてくる。
(エェーこのお姉さん超しつこいなー!😱もうハンコ押してくれたんだから、いいじゃん!)
って思ったけど、私は笑顔で
「私は必要ないものは買わない。無駄な浪費はしない。そしてカナダ人の友達がご飯作ってくれる」
と言ったんだけど、ピクリとも笑わず。笑


私以外に一人西洋人の女の人が長い間尋問されていて、正直助かった。私だけにこんな時間かかって他の乗客を待たせるのは心痛むよね。





陸路でのアメリカ入り、空路もそうかもしれないけど本当英語が多少は出来ないとまじ怪しまれるかも。それにしても全然笑ってくんなかったなー

もうあんな変な汗かくのは勘弁

2018-09-02

忘れてましたが、10年カード

サミーとセヴリーヌからハガキが。ありがとう^^
そして自画像うまい!笑



そういえば!

すっかりここでお知らせするのを忘れていましたが、この夏、10年の滞在許可証をゲットしたんです。🐸✌

FRACの展示で忙しかったし、その後いろんなところへ旅をしたので、すっかりここに書くのを忘れていました。こんなビッグニュースなのに!

長かった。。
→ゴールデンプラチナおじさん(2017年10月13日)
→Gおじさん(10月28日)


去年の10月。書類を提出したものの、そのあと県庁から全く音沙汰がなく、忘れられていたと思う。
レセピセの期限も切れるし、しびれをきらして県庁に赴いたのが1月。2回目にもらったレセピセも切れようとしていた4月、再々度県庁に行き、Gおじさんに取り合った(んだったかもう忘れた)。
便利なのは、 今はアポイントメントがすべてインターネットで取れるというところ。前は毎回県庁に赴いて早朝から列に並ばなければならなかったよね。。。今本当に助かります。


その後足りない書類をメールでゴールデンプラチナおじさんに送り、返事を待つ。1週間後おじさんからメールの返信があり
「10年カード発行するよ。郵送で召集状送るから。」と言われて


数週間後、本当に手紙がきた。


で、夏に滞在許可証をゲットしたわけであります。




1年更新を今まで8年間続けてきた私なので、これから10年もそんなことしないでいいんだなーと思うと変な感じです。

10年後といえば、私はその頃41歳。


一体どこで何してんだか。。。

2017-10-28

Gおじさん

ゴールデン(プラチナ)おじさんの、その後の話。

関係ないけど、この犬の名前はSans titre「無題」。




指定された書類を用意して、1週間後に県庁へ。

ところがG(ゴールデン)おじさん居ない。
窓口でイライラしている同僚の皆さんに思い切って聞くも、イライラしまくってて私の質問さえまともに聞いてくれない(*o*)
幸運にも一人優しいお姉さんが「ああ、彼は今日は休みですよ」と返事をくれてその日は退散。


翌週また県庁に赴くも、またGおじさん見つからない!
同僚のお姉さんが「彼は今日不在です」と。せっかく彼が働く日にわざわざ来てるのに、なんでいないー?



3度目の正直。今度は早朝に向かう。
県庁の入り口にはそれはそれは長い列がなされていて仰天する。でもGおじさんの「予約なしでいいから、直接僕に取り合って。」の言葉を信じ、長い列を横目にみながら別の入り口(予約ある人用)からすんなり県庁へ入る。

で、やっとGおじさん発見…!
忙しそうにあっちいったりこっちいったりしていたので話しかけられず、彼の同僚の人に「Gおじさんと予約があるのですが」と、少し嘘をつく。
するとまもなくGおじさんがその同僚の人に連れられて私たちのところに来てくれる。ところがその時一言「僕わざわざ個人的に予約とることなんてないんだけどな」と言われる。

あなたのいうように予約なんて取ってないけど、直接窓口に来てって言ったのはあなたでしょうよ!この雰囲気の中整理券も持たずに人ごみの中を割っていくのは相当な勇気がいることなのですよ…と思う。Gおじさん、意外に優しくなかった笑


しばらくしてGおじさんの手が空いたので、やっとの思いで書類を提出することができました。ふぅー


実際、
私が10年カードをもらえるかどうかは本当にわかりません。
ただ書類の審査に2ヶ月を要するというし、あとは待つばかり。もし10年カードがだめでも2年有効の滞在許可証がもらえるそうなので、あとは運を天に任せるだけです。


2017-10-14

在外選挙

在外選挙「郵便」投票、これで人生二回目。

在外選挙郵便投票をする人ひとりに対して、これだけのお金がかかっていることがまず衝撃的だと思います。高すぎ(*o*)


そもそも在外選挙人名簿登録の申請に数ヶ月を要するし、それをゲットしたとしても、地方に住むなどの理由で大使館で直接投票できない人は郵便投票をするのだが、それが本当に時間がかかる。
在外選挙人証をわざわざ自分の登録地の市区町村選挙管理委員会に郵送→その後投票用紙が送られて来て→それに記入して→送り返す。
もちろん、投票日に間に合わなかったらアウト。
投票用紙を受け取ったら本当翌日の朝には即行で送らないと本当危うい。


郵便事情が日本のように正確に機能する国がどれだけ少ないか。
それを知らないからこんな手続きが今も続けられているのではなかろうか?



私はフランスで選挙権はないけれど、
この国の代理投票のシステムは本当に便利。
信頼のできる人に自分の投票権を事前に渡しておき「⚪︎⚪︎に投票して」とお願いする。託された人は託した人の選挙区に行き、選挙権を提示して投票する。だけ(なはず。もし間違いがあったら指摘していただけると有難いです)。
フランスの投票システムについて丁寧に説明されているページを見つけました。

あと日本では候補者の名前をわざわざ書かなければいけないので間違いが増えるのも本当もったいない。もっと正確でお金をかけない投票システムの構築ができそうなものだけど。


2017-10-13

ゴールデンおじさん

この時期の恒例行事、滞在許可証の更新。。。
なんかもう文化祭みたいな。
ことしもやるかーって感じで夏から準備始めます。


でも今回は少し違いました。
8年前、私は学生としてフランスに数年滞在したのち、ボリスケとのパックス(+1年間の同居)を経ていわゆる配偶者ビザを得ました(毎年更新)。ことしがその5回目の更新となるのですが、本来なら配偶者ビザ所有者は、5回目には10年カードの申請が可能なはずなんです。でも県庁のサイト記述はすごく曖昧!結婚ではなくパックスでも10年カードの申請が可能なのか?だとしたらどんな書類が必要なのか?本当に曖昧に書かれているので実際よくわかりません。ほんとに。

去年の更新の際、「来年私は10年カードを申請できる立場にあるのですか?」と窓口で聞いたことがあるのですが、「あなた結婚はしてるの?え、パックス?じゃあ無理よ。」とソッコーで追い返され、他の担当の人に聞きたくても整理券さえくれない、というひどい仕打ちを受けました。



聞くところによると
昨冬からシステムが変わったそうで、1年間更新を義務づけていては県庁で働く人にあまりに仕事が増えすぎるために、1年/2年/4年もしくは10年の滞在許可証を与えられることになったそうな!
昨年ひどい対応をされた私はとても弱気になっていて、今年は4年もらえたらいいけど2年でもいいか…っていうか1年でも、とりあえず更新できればいいか…(-_-) と思いながら書類の準備をしていました。万が一の万が一のことを考え、10年の申請をする場合に必要なものもチェック、用意。



で、今日がそのアポイントメントの日だったわけですが、自分の名前が呼ばれ窓口に行く。おじさんは「じゃあパスポートと滞在許可証、オリジナルとコピーをお願いします」というので私、書類探す。
(あ、、、あれ、ちょっと待てよ。私、、、滞在許可証のコピーとってない!)
と、焦りに焦って泣きそうになる。すぐさま「コピーとってないので、今からコピーしてきます!」とおじさんに宣言したならば、彼は

「あ、そう。じゃあー、あとで僕コピーするんで、いいですよ。次の書類いきましょう」


(°o°)!???

え?は?

今、何と?

はぁあああああああ????????? (*o*)



いままでこんな対応されたことない。
これが足りない・あれが足りない!と言われてコピー機に猛突進する外国人申請者たちを数多く見てきた私は、拍子抜け。
窓口の人たちって、コピーとってくれるの?
うそでしょー いままでのひどい仕打ちをしてきた輩はいったいなんだったのだ。ただの嫌がらせ!?



そんなこんなで
そのあと住居証明とか色々必要書類を見せていったわけですが、ボリスケが思い切って「あの、マキコは今年が5回目の更新で、carte de résident(いわゆる10年カード)を申請できるか知りたいのですが。。。」と聞いた。するとおじさんは
「そういえばそうだね。できるかもしれない。ちょっと見てみましょう」
といって、一緒に書類チェックを続けました。



いちおう県庁のサイトでチェックした「10年カードのための必要書類」を集めていたつもりだけども、少しばかり書類が足りなかった。そもそもレターなんて、書いてなかったし。。。
本来ならその場でリジェクトされそうなものだけど、そのゴールデンおじさん(と私は呼ぶことにする)はその場で作成してくれたレセピセ(仮滞在証)の裏に足りない書類をもれなく全てメモしてくれ、さらにボールペンで自らの名前を書き、
「僕の名前ここに書いておくから、書類集まり次第また来てね。アポイント無くていいから直接来て!(笑顔)」と言ってくれたのでありました。






ゴールデンおじさんはゴールデンどころじゃなくてプラチナおじさんでした。こんな優しい対応されたことない!
まだ10年カードもらえるって決まったわけじゃないけど、こういう暖かい対応を受けて、私は心底嬉しく興奮しながら帰路につきました。

そもそも県庁って、私にとってものすごく粋がって行く場所。武装して行く戦場みたいな。だから相手が武器もってなくて、しかも暖かい毛布と食べ物用意して待っててくれることがあるなんて、想像さえしてなかった。



何度もいいますが更新はまだ全然確定したわけじゃないけどね。
ゴールデンプラチナおじさんによって私はフランスが少し好きになりました。ありがとう。

2015-09-02

滞在許可証

滞在許可証の更新の季節がやってまいりました。
今年度から(?)システムが変わり、インターネットで予約を取ることになりました。

予約を取るために県庁のホームページを見るも、なかなかどう予約をとっていいのか分からん。。。28歳の若者である私でさえこんなに苦戦したから、お年を召した方々はもっと大変だろうなぁと思った。


そんなこんなで予約をとったのがおよそ2ヶ月前。
そしてその日がやってきましたー


私はボリスとパックスしていて、一緒に住んで4年経ちます。
なのでvie privée et familiale (同行家族ビザもしくはパートナービザと言われるもの)を毎年申請しています。(毎年更新。106ユーロかかります)


必要書類の中に、「2人の同居証明」として、2人の名前が入った家賃の領収証明や賃貸借契約書、ガス電気会社の領収証明などの書類 “2点” の提出が義務づけられている。
何があるか分からんし、いちおうということで、私たちは2人の名前が入った納税証やCAFの証明証も一緒に提出。窓口でお姉さんに書類を見てもらっていると「あなたたちね、2点でいいのよ、2点。(つまり用意した書類が多すぎんねんあんたら)」と笑いながら言われた。


「このままいったら、いつか10年カードもらえますか?」と聞くと、「うーん、パックスでは無理ね〜。結婚してるといつかはもらえるけど。で、あなたたち結婚はいつ?」と冗談交じりで聞かれたりして。


そのお姉さん、県庁のめちゃ混んでる熱気満々のこの空気の中で
一人ものすんごくリラックスしてて、それに私一人笑っちゃった。


「ついでだし、見るわー」と言って、私の今まで5年間提出してきた書類を出してきて、なにやら見だした。


お姉さん「あなたボザール行ってたの?」
私「はい」
お姉さん「で、今なにしてんの?」
私「制作続けながら、ファーマシーで働いてます」
お姉さん「どこのファーマシーよ?」
私「あの、街中にある…」
お姉さん「あーあそこねーー安いけど、人多いもんねー!耐えられたもんじゃないわー。昼休みにあそこまで買い物行く同僚がいるけど、私は無理!人多すぎるもん!!」
私「本当いつも混んでますよねー。・・・てか、ココみたいに。」(うじゃうじゃ外国人たちが待ってる後ろを指差しながら)
お姉さん・ボリス「(笑)」



確かに私の働くファーマシーも混んでるけど、
県庁もなかなかだと思うけど。



てな感じで無事書類を受け取ってもらい、
滞在許可証受け取りの約束もとったし、安心◎
感じのいいお姉さんの対応に、逆に少し戸惑いながらも
うまくいって良かったと2人で胸をなでおろしました。



順番抜かしはいるわ、暑いわ、臭いわ、子供は泣き叫ぶわ、人は揉め出すわ、
本当に県庁嫌い。
でも今回はお姉さんの謎な対応のおかげで大分気分が楽でした。ひとまずこれでまた1年安心。



2013-10-23

運転免許証ゲット

運転免許証の切り替え(日→仏)が、やっと成された。

長かった・・・


フランス自動車免許切り替えへの道 (7/24)
自動車免許の続き (8/2)

申請をしようと県庁に行った日から数えて約6ヶ月かかりました。

申請してすぐConvocation(召喚状)をもらい「意外にスムーズなんだなぁ」と気楽に県庁へ行ったのは良い思い出・・・。
アレがない、コレがない、と書類の提出を求められ、数ヶ月。


ブログには書いていなかったのですが、
9月にはフランスの自動車運転免許証のシステムが変わったそうで(知らんがなー)、
県庁に私の書類は今どうなってるんやと聞きに行けば「システムが変わったせい」で 事務所がワタワタしていて遅れている。と窓口で言われることもあった。
それがあんたらの仕事やんかーー



書いているうちに怒りが涌いてきたので腹いせに、この間おもちゃ屋さんで見つけた怖いベイビーの人形の写真を載っける。



県庁に行けば行くたびに「郵便で召喚状が届くはずだから待ってて」と言われる。でもいっこうに手紙が届く気配が無い。
なので思い切ってまた県庁に行った。


窓口でワケを話すと、お姉さんが
「分かった。ちょっと待ってて」と言って奥に消える。
私の書類らしきものを持って同僚に話しに行く。
しばらくしてお姉さんがちょっと顔を出して
「県庁から、最近手紙か何か届かなかった?」と私に聞く。
「NON」
と言うとまた奥に消え、しばらくしてまた頭を出して
「今、あなた日本の運転免許証持ってる?」
「ウィ」と返事。


するとまた数分してすぐにお姉さんが戻ってきて
「はい」とくれた。


そんなんでいいんかいーーー


ま、くれたしいいや。
で、最近日本大使館のサイトで見たけど、フランスの免許システムが変わったので(紙じゃなくカードになった。5年更新になった)、日本の運転免許証は大使館に変換する必要がなくなったと。でも県庁の人はそのことを知らなくて、私の日本の免許を大使館に送るという。
私がこのシステム変更を説明しても、お姉さんはそんなの知らないとばかりに「でも大使館に送ることになっている」と言うし。
でも大使館は持ち主に送り返してくれるそうなので、いいや。



もう書類関係は勘弁。無駄に労力使うよーー



2013-08-01

自動車免許の続き

(毎度のお役所関係のつまらない話ですが、書きます。)


ということで県庁からもらった医者のリストを見て、家の近くの医者に電話。すると秘書の女性が出て「ドクターは金曜日からヴァカンスですので、8月半ばまでお休みです。」


お医者さんも3週間近く休むなんて、もお本当良い国(-_-)


ところが
2件目のドクターに電話をするとすぐ
「はい、では明日来てください」とokの返事!
逆にちょっと驚いた。


必要なものは
県庁でもらえる記入用紙、
証明写真4枚。

で、翌日約束の時間にお医者さんを訪問。
簡単な(で、くだらない)健康診断を終え、
健康診断書を受け取ったら後日県庁に再び乗り込む。





窓口のお姉さんに書類を見せるために、待つこと30分。

「受け取りました。では書類を確認してから同僚がお名前をお呼びしますのでお待ち下さい」


と言われてから、待つこと約2時間・・・!




 「マドモワゼル・マキコ、、、フ☆▲@〜」
と言われて(私かー!?)と思いながら行くと私だった。



そこで驚愕の事実。

フランス(ヨーロッパ)で有効な免許証を交付してもらうには、
フランス入国前に日本の免許を取っていること
が条件。
だそうである。


私が免許をとったのは大学2年の頃だから、大分昔である。
だけど今年の4月日本に帰った際、期限切れの免許証更新をしたので、免許証の発行日がその日になっている。だから申請は受け入れられない、となった。。。



分かった。免許センターで運転経歴証明書というのが必要なのは分かった。法定翻訳家の方に翻訳していただかなくてはならないのも分かった。分かったけど、、、なんで

なんで、

最初の書類審査の時

言ってくれなかったのでしょーーーか。 。 。。。(´д`)






怒りがマックスにこみ上げるも、ここで一悶着したってどうしようもない。だって県庁の方々は無能なのだよ。本当悔しいよ。。。



遠い遠い免許センターまで書類を取りに行ってもらうのも家族に申し訳ないし、更にそれを郵便 で送ってもらわなければいけない。
フランスは世間はヴァカンスなので、法定翻訳家の方がちゃんとつかまるか・・・




もーなんなん。

県庁大嫌い。


2013-07-23

フランス自動車免許切り替えへの道

日本の自動車免許を、フランスの免許に切り替えをします。

 
(たまたま通りがかった大聖堂。長らく見てなかったけど、やはり素敵です)



日本大使館のホームページなどで調べたらすぐ分かるのですが、学生の身分で滞在許可を得ている人(もしくはワーキングホリデー)の人は申請が出来ません。

しかもフランス入国後1年以内にしか申請出来ないという条件付き。今年Vie privée et familiale(配偶者ビザ)で滞在許可を得た私は今年しかない!
今年を逃せば、私はフランスで自動車学校に通って・・・と、無駄なお金と時間を費やすはめになります。


ということで県庁に行き必要書類を聞きに行く。
そこですぐに問題発生。
→滞在許可証の住所変更してないと ダ メ ーーー


引っ越しをしたのが2月。すっかり忘れていました。てへ
なのでまず住所変更を。

→3週間待たされる・・・(19ユーロも払う。)



のち滞在許可を得るまでに、自動車運転免許の翻訳を手配。
パックスしたときすごく手こずったので、ここは大使館ではなく法廷翻訳家の方にお願いした。(30ユーロくらい)


住所変更された滞在許可証を持って県庁へ。
書類を全部提出すると「確認しました。それでは数ヶ月後に県庁からconvocation(召集)が届きますからね」とのこと。


ホッ!^^


けど・・・(・_・)

あたい(´д`)


あんたたちのこと(・o・)



信用してませんからーーーー!!!(`0´)




「数ヶ月後」とかいうのがまず信用ならん。
 でもとりあえず待ってみて、音沙汰なければ県庁まで行こうと思った。


で、結局1ヶ月半ほど経ってから、なんと、来た・・・

県庁からの手紙!






すぐさま喜んで県庁に行った。
窓口で召集の手紙・日本の自動車免許・身分証明書を見せてから「では確認のあと、お名前お呼びしますから」と言われ


1時間半。


待たせるよね。。。



「マダム フュリュイシ〜(フルイチ)」

呼ばれていくと突然

「アラッ!よく見ると・・・。ごめんなさいねーーー!
あなた、8トンまでのトラックを運転出来るのね。」

(は?)

「すっかり見逃していたわーということはあなたはカテゴリーC。
じゃあ健康診断書が必要になるわね」

(えっ?)

「じゃあここに医者のリストがあるから、
ここから選んで健康診断を受けてきてね。」




キョウ、メンキョショウ モラエナイノ?(;_;)




普通免許を取れば8トントラックが運転できる時代に免許を取った私でした。忘れてた。



8トンのトラックを運転する日が来るのかどうか
怪しい所ではあるけど、アートに関わって生活している以上、きっといつか役に立つことがあるでしょう。
窓口のお姉さんに一瞬怒りを覚えたけど、
そこでガミガミ怒ったって何にもならないし
そもそもこの方は珍しく「申し訳ない」と
ハッキリ言葉にしてくれたので
いいです。


それだけで わたしゃ嬉しいです


ということで、つまらない話かも知れませんが、

続きます


2012-10-15

パートナービザ申請

7月に相方とパックスを結んだ私は、
今年からパートナービザを申請することにしました。


県庁への書類提出の約束日を取り付けたのが3ヶ月前。やっと当日を迎えました。



必要書類はパスポートと現在持ってる滞在許可証、EDFやCAFや銀行の明細書、家賃の領収書など。パートナーと1年以上前から一緒に住んでいることを証明しなければならない。しかも「毎月」2人が一緒に住んでいるということを証明する何かしらの書類が必要とある。


ネットで調べると、パリでは配偶者ビザの審査通過が余程難しいらしい。
何人もの日本人が「私は審査通らなかった」とコメントしているのを見て、書類を集める私も相方も「これで大丈夫やろうか・・・」と夏の間中緊張していた。
だからナントに住んでいるMさんに 相談に乗ってもらったりした。すごく心強く、感謝しています。ありがとうございました!





そして結局集めた書類、なんと厚さが5.5cmに!!(*o*)

そのせいか、県庁で私の名前が呼ばれて窓口に着くなり
担当のお姉さんがその分厚い書類を見て「Oh là....」と息をのんだ。



それを見て私と相方は勝利を確信したのでありました。

(>_<)よしゃっ



結局そのお姉さんに言わせると、
私が昨年滞在許可証申請に提出した書類の中に、
相方の名前が住居証明の中に入ってるから 後は
「少しだけでいい」らしかった。


EDFなどの書類をチョロチョロ見て「これでオッケ〜」といってすぐにRécépissé(受領書。仮滞在許可証)を出してくれたのだった。窓口では10分も座っていなかった。
早く終わって私も相方も拍子抜け(・_・)


最後には担当のお姉さん、
「今度はこんなに書類持って来ないでね〜」と終いの一言。
私は笑ったけど、相方は微妙な顔をしていた。

何しろ今回書類集めを頑張ったのは相方だからである。



ありがとう^^

2012-07-20

パックス成立!

しました!

(裁判所の廊下)
 


(ホッ・・・!!)



結局あれから、
法廷翻訳をお願いして、
裁判所にパックスの約束を電話で取り付け、
当日、約束通り指定された場所へ行きました。



廊下で待ってたら担当のおばさんに
「どうぞー」と言われたので入る。私と相方、ドキドキしている。


座って、書類を出して見せる。そして彼女はふと言った。
「あれ、あなたたち、
 書類の確認だけじゃなくて、パックスをしに来たの?」

と意味の分からん一言を。。。(;_;)



(もうなんなんやーこの国ー)



「あーららー すっかり私、忘れてたわーあっはっはっは
 でもま、よくあることよ。まずちょっとその前にする仕事があるから、ちょっとまた廊下で待っててちょうだい。」




(いいかげんにしてー(*o*))




結局落ち着かないまま40分、廊下で無言で待ちました。
そしてその後謝りもしないで おばさんはひょいと戻ってきて、そして書類をささーと確認して バンッバンッと判子を押して、書類くれて、


パックスなんなく成立。





部屋を出ると、私、ちょっと
うるっとしてしまった。
もう全くの、安堵。。。



おばさんは嫌味が無くてサバサバしてて感じのいい人だったのかも知れないけど、こっちは色々書類関係でピリピリしていたので、冗談も冗談として受け入れる余裕が無かったよ。


(結局何が変わったって、何も変わってないんだけど、来年の滞在許可証の申請のためにまたこれから書類集めが始まる。パックスはその一部。)



その夜は友達を呼んで
2度目の(笑)小さなお祝いパーティをしました。
やっぱいいね^^ そしていっぱいの人にお祝いしてもらった〜

ありがとうありがとうありがとう!





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話は変わって こちらは最近旅立った私の絵。
ある弁護士事務所さんの元に、お届けしましたー!
 
 作品をもう見る機会が無くなるのかナーと思うとちょっと寂しいが。
一点ものだからしょうがないよね。私の変わりに社会でがんばっとくれい!
 hangar à bananeの近くで一杯くぃっと、色々つまみながら^^

水曜日はやっと夏らしい夏の日でした。
でもナントは寒いんです
今も長袖来てないと外出られない(*o*)
日本は暑いらしくて、ちょっと羨ましいです。

2012-07-03

PACS戦闘記② 外国にすむということ

 またパックスの話なんですけど、
 

あれからというもの、
書類の期限がまだ有効か確認して再度書類申請の手続きしたりしていました。

で、もう一回裁判所に書類確認に行こうと、相方が予約を取るため裁判所に電話をした。


以前電話した時は

何度も何度も何度も何度も

かけても全然繋がらなかった電話に、なぜか今回すぐ
「Alors?(もしもし?)」と返事が。(*o*)

なんでやねん


(パックスの話は複雑なので、カワイイ猫の写真で難解さを紛らわします。ちなみにこの猫は美術学校のテクニシャンのねこー ゴミ箱の上が好きなのね)

相方が事情を話すと明日にでも来て良いとの返事。
やったーーーー!!!そして翌朝すぐにれっつごー。

↓裁判所


今回指定された事務所では別のマダムが座っていて、優しく尚かつ淡々と私たちの書類を確認してくれた。

そしたら、前のオバサンと言うことがちょっとズれてた・・・


今回のマダムは、在仏日本大使館が発行してくれた
Certificat de célibat(独身証明書)は有効と認めてくれたのだけど、Acte de naissance(出生証明書)に問題があるとのこと。




(ボー・・・)
 
(ムキッッッ なんじゃっ!?)

「戸籍に基づき出生の事実を証明します。」
そう大使館のホームページには記載されている。

つまり大使館は戸籍謄本に記載されている情報を元に、私の出生証明書を"作成"するわけだ。それがダメだった。結局大使館のしたことは"翻訳"ではなく、"証明"。

PACS申請のためには戸籍謄本の"翻訳"が必要なのだ。
だから大使館の書類は受け付けられない、"traduction"という単語が入ってない書類は認められない、そういうことなのでした。

(大使館の人によれば、各地域の裁判所によっては、その"証明"でOKな場合も大いにあるとのことです)


前回色々話していた独身証明書に関しては難なくOKしてくれた今回のマダム。。ほんま、人によって対応が違ってくるぜよ。。でも彼女は優しくって、「本来なら7月はPACSの受付はしないのだけど」と良いながら私の滞在許可証のことがあるから特別、書類が集まり次第申請を受け付けてくれるそうです。

やったーー!!ありがとう!ラッキー!!!



と、いうことで早速 日仏法廷翻訳家の方に電話をして翻訳を依頼。1枚の書類におよそ80ユーロ。。

(*o*)ひょえーーーー


ロワール

外国に住むのって大変だ。

もうすぐで日本を離れて3年になるけど幸運なことに
今まであまり書類関係で悩まされたことはない。

だけど今回、フランスの法の前で契約を結んで、法に「立ち入る」ことになって、急に風当たりが強くなった気がした。今までは学生で色々ワイワイやってれば、別にお客さんで良かったわけだけど。


書類関係は絶対1人じゃ出来ない。
日本の家族の助けも必要。相方の助けも必要。
その助けをいっぱいにもらった後、意地悪なオバサンに書類をサッサと断られるあの悔しさって、本当に

ナイ、のだ。

悔しくて泣けます。



繰り返すけど 外国に住むって大変。
(お金がいっぱいあって、日本語と外国語バイリンガルの恋人がいて、彼の愛が永遠であると何らかの方法で保証されていて、時間がたっぷりある人以外は。)


(アトリエの前にびょーんと1本、草が生えてましたで)
これはアトリエ前。なんて花だろう(・o・)
あじさいの時期!キレイ^^

私は日本人ですし。

日本という便利な国を出るということは
体力がいると思います。


体力は自然についてくるものかもしれないけどね :)
 



おまけ

私は皮膚が弱く小さい頃から手荒れがヒドイのですが、
最近あまりに荒れているので思いきって皮膚科に電話した。

そしたら・・・


「次の予約は10月になります。」・・・って・・・・



日本が恋しいなり・・・
 
コルテオ 太陽光発電