2024-12-26

南仏から日本へ

Toulonには結局1日半滞在。
駅に着いてすぐレオとソニーの家に直行して世話話をし、その後久々に家に帰る。

とにかく風が強くて、歩くのも大変!
23日アトリエに行くと、レオも仕事していた。

そして翌朝また電車に乗り込み、今度はシャルルドゴール空港へ。電車が20分ほど遅れたので、途中乗り換えがちょっと危うい。これ乗り遅れても次の電車に乗れば、ギリギリだけどなんとかなる…と自分に言い聞かせる。すると車内アナウンスで
「空港行きの電車に乗り換え予定のみなさん、ご安心ください。同じホームに、空港行き行きの電車がすぐ参りますので」と。

あーよかった


無事空港へ着いた。
空港こんな綺麗だったっけ?

食事してチェックインしてジョルジュと電話などしていると時間はあっという間でした。
12月24日発の飛行機にしたのは、一番安かったから。世の中ではみんな美味しい食事を家族で食べているんだから、私もビールくらい飲もうと思ってまずはビール。しかし一本が多くてちょっと飲みきれん
食事。
映画ブルーピリオドとIt Ends with Us(どちらもめちゃくちゃ面白くて見応えありました)を見て、眠気に負けてぐーぐー寝て起きる。
ちょっと気持ち悪くなり(いつもの乗り物酔い)、キャビンアテンダントさんに酔い止め薬ありますかと聞く。その時何故か座席番号を聞かれて、なんでかな?と思っていると着陸前に別の方がわざわざ私の体調を尋ねに来てくれたのだった。ANAっていうか日本人のキャビンアテンダントさんが?すごく丁寧で、とても嬉しかったです。。。おかげさまで吐かずに到着できました!

2食目。流石に全然食べれんかったけど

2024-12-23

ボルドー

ジョルジュのお母さんに花束を。

わたしは19か20歳の時にボルドーへ1ヶ月間だけ語学留学に来たことがあり、それが人生で初めて日本を離れた渡航だった。当時は語学学校とホストファミリーの家を行き来するだけの毎日だったし、そもそも仏語なんて全然話せなかったからお店に入るのも怖かったし。もう17年前のことだけど、ボルドーも私もかなり変わったよね。


スケートパーク。
昔この一帯は工場地帯だったらしく、今とは雲泥の差。

ジョルジュと知り合ってまだ6ヶ月足らず。お互いに、両親に会うのはちょっと早いのでは、と思っていた。そんな時たまたまボルドーのとあるアート団体から仕事の依頼があった。それならちょうどいいね、ということでボルドー行きを決めたのだった。
その団体のアトリエ見学。
見学したはいいものの、結局仕事が本当にあるかどうかは不明。最近フランス中で文化事業助成金の大幅カットが行われており(特にナントがあるペイ・ド・ラ・ロワール圏は、全体の73パーセントも削減される)、私の友人らは大打撃を受ける。南でのプロジェクトも、北でのプロジェクトも、今回のボルドーも然り。
デモや嘆願書など行なっているが全然効き目なし。。。

これほど文化で溢れたいい国だと思っていたのに、何十年と人々が積み上げてきたプロジェクトの歴史や文化雑誌、アートイベントなどが一瞬にして消滅・もしくは大幅な収縮されるのを見ると心が痛むな。。。


ジョルジュのお父さんと食事。
ガロンヌ川を展望できる素敵なところでした。
建築家だからか、私の仕事に興味津々のお父さん。いろんな話ができました、とても嬉しかった。
テラスで仕事の電話中の私、ジョルジュが激写していた笑

今回ジョルジュのご家族と出会って、ものすごく嬉しかったなぁ〜滞在は3日だけだったのでかなり足早な旅行だったけど、ジョルジュの親友家族にも会えたしみんなとてもいい人だった。ジョルジュを別の角度から再発見するいい機会にもなりました。

ボルドーからトゥーロンに戻るけど、電車はなぜかものすごく時間がかかるので飛行機でマルセイユまで。環境に良くないのはわかっているんだけども。


780kmの道

ホテルでのオープニングの日。

みんなで写真撮ったー!
アナ、私、レティシア。


おそらくだけど、200から300人くらいの人が来てくれたのではなかろうか。相変わらず写真撮ってないので全然信ぴょう性ないけど笑
オープニング前にちょっと一息。


その日私とジョルジュは夜の8時半ごろ帰宅。ちょっと仮眠をしてジョルジュの故郷であるボルドーへ出発しました。朝(深夜?)1時に起きて、2時に出発した。真っ暗な道をスイスイ運転。
結局そのまま5時間ほどノンストップで走り続け、一度コーヒー(トイレ)休憩。ジョルジュは私に運転を代わって欲しそうだったが、濃霧がすごかったしそもそも彼の車運転したことないし「無理!」と言って運転を続けてもらっちゃった。(てへ)

そして10時前にはジョルジュのお母さんのお家についた。
予定では朝に出発して夕方について、、と思っていたので、まさかこんなに早く着いてしまうとは。着いてすぐにジョルジュの生まれ育ったお家を拝見させてもらい、昼寝をし、彼の姪っ子に会いに街へ。

銀世界から急に気温が高めの都会へ。


4歳児のパワー恐るべし!
たっくさん遊んでクタクター

2024-12-18

デルス・ウザーラとか

黒澤明監督のデルス・ウザーラDersu Uzala(1975)というのを見たのだが、自分でもびっくりするくらいベラボーに泣いてしまった。彼を演じる役者がとても魅力的で、かなり感情移入してしまった。映像も驚異的に美しいしこんなに真剣に見入る映画を見たのは久しぶりかもしれない。
デルスが火や動物に話しかけるシーンが印象的で、あと調べたらこの人物は実際に存在したそうだ。デルスウ・ウザーラ
おすすめです。




ヨシエちゃんが写真撮ってくれたー!!
ありがとう😍
ニスも塗ったし、できたー!
シャモニー駅。
みんなでご飯。
ジョルジュの友人ら(シャモニーもしくは近郊に住んでいる地元民の皆さん)と会って話をするけど、みんな本当に地元が・山が大好き。そして国際色豊かなので日本人でもめっちゃ気が楽だぞ

2024-12-16

寒さについて



雪山の写真ばかり載せているので、これを見たみなさんはさぞかしわたしが寒い思いをしていると思っていることでしょう。

はい、しっかり寒いです。

でも少しずつ慣れてきたのと、湿度が低くカラッとしているので意外と大丈夫です。今朝なんて、外を散歩していて、地面がやたら凍っているなと思っていると気温がマイナス2度とかで。同じ気温でも湿度が高いと、体感温度は低くなる。だからすごく寒そうに見えるけど結構平気です。不思議なことに、外を歩いているとごく稀に全然防寒していない人がいてびっくりする。短パンの人や半袖の人、めちゃくちゃ薄いガウンにスニーカーだけの人とか。寒さに強い人って本当にいるね。





1時間くらいの長い散歩をした後、川に寄ったときにジョルジュと冷水療法について話がいたり、結局二人で足だけ着けてみることにした。

川の水温4度!!
最初は結構大丈夫だけど5秒くらい経った後すぐに痛くなってくる。痛すぎてたまらなくて、出ざるを得ない。
痛すぎてヒョエーーーとなるんですが、水から出て水分を拭いて靴下を履くとその瞬間から足がポカポカしてきて最高だった。めちゃくちゃ気持ちよかった!!!
その後も暖かさは続き、ちょっと今度体ごと水に浸かろうかと思っているところです。




村のマルシェ・ド・ノエル。



2024-12-15

雪山に囲まれている日々

ローカル電車。


いろんな偶然のご縁で、ヨシエさんというシャモニーで一番腕のいい裁縫師の方に出会いました!!😁 まさか日本人の方に出会うと思ってなかったのでびっくり。
ランチをしようということになり、向かった先はこちら!

シャモニーにSATSUKIという日本食があり、そこに行ってきました。
めちゃくちゃ美味しいーーーーー!!!!
美味しいのは美味しいのだけど、ヨシエちゃんと話すことが山ほどあって食べ物よりかは彼女との会話に一生懸命。本当に楽しかった。わたしよりも倍の年月をフランスで過ごしている大先輩なのでもっといろんな話が聞きたい。

また来なければ、別のメニューを試すためにまた来なければ。
店内は人でいっぱい、しかも値段も結構お手頃でした。そもそもシャモニーはすべての値段が高い。なのですごくありがたい。


La Flégèreというところに行った。本来ならスキーをするところだけど、私たちはピクニックに。
子供の頃スキーをしたことはあるけど、あんまりいい思い出がない。どっちかっていうと怖いイメージがあり、わたしはまだ再挑戦する気持ちにはなっておりません。
後日わたしが仕事をしている間ジョルジュは一人でここに戻ってきてスノーボードを楽しんでいた。


カーテン無事に完成し、ついに制作に取り掛かります!
常に山が違う表情を見せてくれるので、外を歩けばすぐに写真を撮ってしまう。

ジョルジュと散歩を
金沢市出身だから一応雪に慣れているはずだけど、またここも格段に美しい。

 
コルテオ 太陽光発電