これはフォントヴロー修道院に併設されている美術館にあった所蔵作品。すごくいい!私の記憶が正しければ、パリのポンヌフの装飾だったって書いてあったような気がする。
ナントに帰ってきて、何が一番驚いたかというと車の渋滞。朝も夜も本当に果てしない!これはもう5ヶ月くらい体験してなかったので、かなりびっくりした。普段ならアトリエから自宅まで10分くらいの帰り道も、50分くらいかかった。。
ナントに戻ってきて、Aと一緒に過ごしたアパートに帰ってきた。彼はマイエンヌで仕事をしているので(ありがたいことに)居ないのだけど、やっぱ辛いな…
展示の準備だけでもけっこう大変なのに、他の展示の契約書を読んだり、なんか色々やることがある。そして引っ越し作業を同時に進めている。写真とか出てきては、また、はぁ…となる。
彼はあまりに粗暴な性格なため、実は前々から友人らに時々「Aと本当にうまくいっているの」とか「彼は牧子には合わないのでは」と言われていたのだった。でもそんなこと言われたって、はいそうですねーじゃあ別れましょう となる人はいない。少しでも可能性は信じたいもんだ。
フォントヴローにいた時期は、制作に明け暮れて夢のようだった。けど同時に大規模なレセプションも企画されてそれだけでかなりプレッシャーを感じる日々を送っていた。のに彼と別れることになってさらに家探しも同時に行うという、なんかもう修行みたいな日々だった。同時に別の展示の企画書とか制作も並行していて、我ながらよくやったなぁと思う。
私と同時期にレジデンス(滞在制作)をしていたアーティストは7人ほどいた。中で何人かがバーンアウトをした。突然放心状態になって運転ができなくなって助けを呼んだり、涙が止まらなくなって制作出来なくなったり、突然謎の体調不良になったり。
私は何度かやべーーーーと思ったことはあったけど、それほどパニックを起こすことはなかった。泣き狂っても数時間後には何事もなかったように制作していた。人と比べることは誰の得にもならないのは分かっているけど、この数ヶ月に私に降りかかったライフイベントを考えると、私は人よりけっこうタフなのかもしれない、と気づいたのだった。どうだろ。
でも何か問題があるときにパニックを起こしたり、助けを求めることが出来る方が寧ろ良いと思う。何もなかったかのように過ごしてしまうのは(私のことだけど)、自分で全てを溜め込むだけだ。問題提起をしていかないと物事は変わらないし、もっと他人を信用したいとも思うんだけど。
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